核武装「戦勝国」は朝鮮の「非核」共生に本腰入れてね

「核軍縮」と「五輪準備」併進で万国共生の智慧を出し合はう

「中共」は隣国併呑の罪積む主ぞ互に平和と核軍縮を求めよう

山山は黄葉やがて「冬眠」だ春にはきらめく花と葉を持て

異常にも早く桜は葉を落すに天を眺めて人の「福寿」乞ふ

台湾も尖閣も併呑との中共の野望を我等は吹き飛ばさむか

終戦後七十一年不退転に「核禁の輪」を拡大させむ

どの頭が南沙西沙も囲い込む「九段線」を産み引いたのか

「台湾も尖閣までも中共だ」の「併呑無茶」は皆で破棄せむ

日中は「友好」を胸に威張るなよ見下すことは大いなる害ぞ

中国は核までも持つ覇権国広島長崎の「核禁」に出でよ

広大で豊かな景色の那岐見つつ加茂川沿ひに萌木の阿波へ

「世界(せかい)民(みん)」の言葉と自覚が大切だ人は言葉で力を湧かせる

若建は「幡美」国境「吉備坂」を征きて討たむと鬼ノ城目指しき

被災地の土地買上げや交換を促す管理事業団が要るぞ

垂れ柳にその姿似る「薄桜」いま春風にふはふはただよふ

琴平の金毘羅宮の主祭神は須佐之男の子息「大物主」と知る

「望の道」求めよさらば開かれむ未来を托して道に挑めよ

漁師らが祀る佐太神坐します神在浦に原発炉あり

資料館の古き農具の「後家倒し」今も感謝す昔の農婦に

美作市杉原に出でし墳丘墓よ卑弥呼時代の但馬系王墓ぞ

「英田保」に沿ふ吉野川の工事なり幅倍増にて満開となる

若木なれど桃の実生るか梅雨空に葉の繁りつつ袋ふくらむ

雪積る「阿波」の新年プールにて「世界市民」が増えよとおもふ

防人も旅人も船にて乗りゆきし瀬戸内の海を寸時に跨ぐ

郷路山の端に昇れる日輪が回つてゐるのはお前だと睨む

元札は「毛」の顔写真一色ぞ粛清多き主導者をなぜ刷るや

わが住むは美作市なり地区毎の歴史を学べば知らぬことばかり

野や山の草木の春のかはるさまたしかに伝ふ命のいろを

若木なれど桃の実生るか梅雨空に葉の繁りつつ袋ふくらむ

二つ手で箒を持ちて「心」掃く「慧」といふ形のありがたき文字

春風がさすらふやうに友どちと桃園さまよふ温とさ求めて

三人で遊びや旅に役立てる「文殊の知恵」成す会を持ちをり

飛鳥より筋交ひ道を斑鳩へ馬を駆るかや太子の幻

長き世を飛鳥大仏嘆きては泣きては盲にならるるらむか

物部が蘇我との戦に負けたれば甘樫丘に蘇我おごりたつ

民らみな「律」で縛られ防人もと「貧窮問答歌」の如き世となる

外っ国へ戦に征きて敗けたれば現人神ら民に「律」発布(律=刑法)

民らみな「律」で縛られ防人もと憶良「貧窮」問答歌の世は

地中より飛鳥苑池も神亀も出づ朽ちせぬ石よありしを語れ

心身の円成求め消すものと愛づるものとを分け歩まむか

精神の健全化もとめ捨つるもの抱きたきものを分けて行かむか

わが国の「防護林」こそ大学ぞ親しみ求めて探索をなせ

這ひ絡む屁屎葛に藪枯らし蔓引き抜けど根元はとれじ

展示せし翡翠の玉のあの色は「青海原」と海観て想へり

同居する妻の遺骨に見張られて浮沈しながら日日を持しゆく

盆どきをガラス戸開けばホーホケキョ・チョンギースと入りくる音色

蘇我消えて大織冠は律令の囲ひのなかに民追ひ込みき

展示さるる翡翠の勾玉あの色は青海原よと海辺にて気づく

伊邪那岐は「十握剣」に鬼払ひ須佐之男はそれにて大蛇を斬りき

わが脇を連れ添ふ燕が滑空すその宙返りにわれ見惚れをり

「中共」のチベット・ウイグル弊呑は「満州」超ゆる残忍侵略

高高とゆれつつ咲きゐる「花桃」よ白・桃・紅姸競ふがに

不足感満さんとする性なるか恋のぬく風戦ぎゐる喜び

鬼ノ城は記.紀に不記載そのわけは「吉備平定」を暈すためかや

展示さるる翡翠の勾玉あの色は青海原よと海辺にて気づく

桃太郎の鬼退治噺身勝手なる朝廷側の征服噺か

岡山の温羅じやの祭り悲しかり亡ぼされし側の歴史消されて

出雲には「出雲風土記」の「むかし」あり吉備には何故か「むかし」が残らず

登りたる「月の輪古墳」より見渡せば備作山地は古代伝ふる青

田上に燕ひゆうと飛び来り翼はたたき瞬時に消えつ

シベリヤの凍土に屍を捨て来しを言ふ老農は裡しこるとぞ

熊蝉の大音声に顕ちくるはがきたれわれの長き夏の日

生き来し日と重ね読みをる日本史よ十五年戦争戦後六十年

八十路越す梅原猛坐して話せどなほ日本語の生ひ立ち窮めむとするか

展示さるるは黒曜石の矢鏃なり隠岐伊豆に求めし海人らの意志よ

二十世紀の闇照らす本「マオ」上下スターリン・毛・金の「侵略」も記す

憶良詠む「貧窮問答歌」おもふなり寝覚めの茶を飲む寒さつのる夜半

いづへより船漕ぎ来しや海人族よ淡路沼島は屹つと立ち居り

偶然に発掘されたる製鉄炉跡焦げて赤赤千四百年へても

善通寺の千数百年生きし樟高きを見上げて我が余命思ふ

勝間田の国道の辺に出土せし縄文石器が讃岐石とは

三輪山も吉備の宮山・三輪山もその名の由来みななぞなぞぞ

大地震に「対策」ほぼ無し全国の原発「再開」ゼロにせよかし

揚げ凧をカイトと言ふか若世代「老」より「若」へ譲らうが善し

吉備津彦らは「出雲王国」を攻めまくりきあの「鬼ノ城」は「出雲」なりしか

銅山や鍛冶・海の八幡神は後に応神天皇らに垂迹をす

大雨の加茂川に立つ荒波を横に見ながら五里を突つ走る

稲刈の手がいつしかに機械一貫の「収納仕事」へとなりゐる平成

産科医説く「命のために生命を賭ける」を心に据ゑて智慧を広げむ

阿波・神田の案山子かがしの母子三十個「ともいきの進歩」を叫び居るがに

中華の「王道楽土」の言葉より「和合楽土」を世界は選ぶ

日中の両国共に目指さむは「自己究明」と「自他和楽」心

成り立つて徹底する事が「無」の心、五輪の「空」は万物流転の意か

応神期に秦や「勝部」が田を開き「勝田郡」名の礎築きし

錦繡の「阿波」連山のもみぢ葉に「北気きたき」小雨が白気を降ろしく

 加藤 芳英 作品集