この朝を遠足の園児通るといふその母のメールが弾むがに届く

いつの世に名づけられしか「鷺巣」とふ名の地の上を白鷺あそぶ

たにうつぎの咲きゐる日暮れ草むらに落ちくる花のかそけき音聞く

くれなゐの椿の花の落ちつぎて土に還るかかくもしづかに

盂蘭盆をかへり来し子ら口ぐちに空気と星の澄めるを言ふなり

たにうつぎの咲きゐる日暮れ草むらに落ちくる花のかそけき音きく

春たけて茅花波うつ峡の田においでおいでと母か顕ちくる

きさらぎを母の逝きにしふるさとに直会の酒礼なして受く

はたてより寄せくる波の荒荒とわれらの余生といふを濡らせり

小雨ふる木の下闇に草引けば山橘の花に会へたり

素朴なるふたりにもどる朝ありてひと日ひそかに其を思ひをり

睡蓮の葉脈つたふ水滴よ日ごとこぼれてこころあやふき

ふたり居て人語に疎き夏の日の食卓に剥く天草晩柑

繭玉をゆうらりゆらり揺らしゐる正月七日を雪降り積もる

今よりは自然にかへすと山畑をこころして鋤く年経る夫が

砂浜にひとり霧笛を聞く朝のはるけき母胎がわれを呼び寄す

齟齬おほきひと日なりしか山畑にアンデス馬鈴薯の土払ひをり

もぎたてをもらひし桃のまろまろと寄り添ふごとく匂ひくるなり

透析につき行く夏の日のもとに沼のはちすは奇にしづけし

だしぬけにみんみん蝉の鳴き頻けり不安はまことのごとく連鎖す

向う山にひそみゐる鹿夕どきを甲高き声あげてなが鳴く

寂びてゆくかうべ砕くと春の夜の闇をやぶりて激しき雨音

水槽を終のすみかと知りゐるかちいさき魚の泳ぐは止まず

さへづりてゐるのか泣きてゐるのかと此の頃さびしき頬白の声

天空を黄色くおほひて降る霾に満開の桜は今混じらむとす

ゆつたりと序曲のごとく近づけりえたい知り得ぬわがらうねんき

さみしいと何度言はれたことだらう連れては来られぬ歳月長く

離りゆく母のことばは聞かざりき祝祭のごとわれは葬らむ

木苺をもぐと出だせる指先にちさき棘さすかなしみのごとく

新盆の客とし坐するふるさとに母在らしめしこともをはりぬ

そばむぎの花ふぞろひに咲き出でて休耕田はすこしはなやぐ

いつしらに甕に乾びし野茨の赤き実束ね年あらたまる

冬薔薇の開ききらざるままにして閉づる花の上のぼりゆく虫

はしき色みよとて給ふ玉虫のなきがらの髭ひとつ欠けゐつ

睦びつつ低く群れゐる秋蝶のひとつがふいに風にひよろめく

遍路終へし友が手渡すはまゆふの種子はかすかに潮の香を持つ

独楽ねずみに二十日ねずみにどぶ鼠野ねずみ集ひて猫をば噛むか

かたかごのうつむく花に触れてみぬ愚鈍に生き来しことも思はれ

眼つむれば闇に蛍のとびかひていちにんの病ながく思へり

また来てとひとりひとりに母が言ふもう涙など見せなくなりて

山深く木木に雑じりて山桜くれなゐうすく咲きしづむなり

失ひて気づくおろかさ歩む畦に無縁にすぎし小さき草の花

生ありて命の果てを知らざれば蘭の鉢花ことしも殖やす

白鷺が羽撃きゆくか両翼のおのづからなる重たさもあらむ

 三木 泰葉作品集