日盛りの畑の日曝らしにたぢろぎて日暮れまではとうちに籠りをり
猟期過ぎここそこの池に戻り来てのんびりたゆたふ数多の鴨らよ
けふもまた風に吹かれて雨に濡れ冬の木立はただに立ちをり
石垣は時をきざみて淡々と何を語るや紅葉うつして
野の草は急に勢ひなくなりぬ寒さにあひて身にこたふるにや
走り過ぐる秋夕焼けの道の辺に散りたる木槿の白き花びら
移り住み墓参りとてままならず父母を偲びてみそ萩を活く
鶯の日増しに冴ゆるさへづりがとよみて聞ゆ竹やぶの奥に
梅雨の間を大根ぬきて蕪ぬきて空を仰ぎて家路を急ぐ
緑濃き初夏となりたる山里に竹はしきりと枯葉を散らす
皿の上に一片添へたる桜花に其は春めきて箸も進みぬ
やせ畑に雑草ばかり青青と芽生えてをりぬ春が来たよと
忘れられて人待ち顔の風車からからからと回るよ回る
大声で誰憚らず歌ひても叫びても良しこの過疎の里
石段に腰をおろして日向ぼこ膝の上にほつこり乗りゐる犬と
うつすりと雨の降り敷く陵は小山となりて静もりてをり(春日宮天皇陵に詣でて)
吹く風に羽を広げて舞ふ鳥に我はなりたし来世あるなら
この暑さ畑仕事は早朝といさみて行けども変はらぬ暑さ
木枯しに樹々は総身を揺らしつつ一生終はりし木の葉を散らす
早春の大雪やみて見回れば石楠花が根こそぎ倒れてゐたり
謂れ秘め座する万治の石仏に木の葉雨降る音たてて降る
暮れ初むる空も地上も束の間のひたくれなゐに輝きをりぬ
実りたる稲穂の上を駆け足に過ぎ行きたれば風の足跡
池の辺にひときは白く咲きたる鷺草揺れて羽ばたくごとし
鵯は椿の梢をゆらし行く蜜吸ふ嘴黄色に染めて
空梅雨に数多の蛙に加はりて亀も泳ぎて賑はふ池よ
ひらひらと散り来る桜を見上げつつ受けてみたしと両の掌差し出す
山深き皿山地区に今もなほ手仕事守る小鹿田焼きあり
舞ふごとく清明の朝を降る雪に我が山里は人影もなし
恵那山のトンネル抜くれば霧霽れて眼下に映ゆる山の紅葉よ
末枯れゐる野原に木の葉を散らしつつ風吹き過ぐる福山の秋
八千草の穂絮に朝の露降りておとぎの国の野面のごとし
里山の「逧」の樹々は少しでも光を受けむと高く伸びをり
我が一歩踏み出す音にこほろぎが積みゐる草より飛び出でにけり
草を刈り一息つきて眺むれば我が里山は暮れ初めにけり
留守の間にグンと伸びたるトマトらに声をかけつつ見廻る我は
水温みにはかに波立つ水面なり数多の鮒の浮びて遊ぶに
霜深く薄墨色の冬の朝鐘の音さへも凍て付きにけり
篁を吹き抜けて行く風音の春立ちたりとわれにつげつつ
濃い薄いみつばつつじと山桜木木の芽吹きをひきたて咲き添ふ
緑なす植田の中より白鷺は音も立てずに舞ひ立ちにけり
うち揃ひおはらひ受けし初詣いはれもなきに心改む
形見にと母の着物や帯みれば躾けも取らずたたうに有りぬ
朝夕の冷え込む畑に枝広げ細身と成れる秋茄子かな
幼児は手に団栗を数多持ち玄関先に並べ置きたり
山里の春一番にコロコロと赤蛙の声冴え聞えたり
朝霧の白くこめゐる木木の間に張りたる蜘蛛の網はかがやく
歩み止め夕日に染まる丘見れば穂すすきのむれが風にさゆらぐ
家の中あれこれ気になる主婦なりと思へてをかし旅立ちの朝
窓明かりに今宵も来たるか小蛙よ口開けぱくりと虫捕る技よ
急激に老い増しきたるたらちねの母は机に足を乗せをり
降る雨にうなだれをりし青草が露はねのけて日の光に立つ
ちょこなんと二匹の蛙が竹杭に入りて鍬打つ吾を見るらし
ぬばたまの闇夜の中にホーホーとふくろふの声谷にこだます
朝露に黄色き小花肩寄せて姫弟切草の花は咲きたり
真白なる地上に光射したれば何に譬へむ耀へる野を
夕暮れは深き闇夜を呼び寄せて眠れ眠れと我にささやく
四・五人の媼集へばいつしかも葬儀や墓場の話となりゆく
今まさにゴーヤーの花の香り満ち受粉に飛びかふ蜂数多なり
目を閉づれば瞼の内に浮び来る父母の姿に心ほぐさる
茜空色あせはじむる山里に鷺鳴き立ちて何処に帰るや
明け立てば数多の小燕飛び回る長き渡りの演習するがに
道の辺に亀はごそごそ穴を掘り産卵終ふれば埋め戻しをり
芋の葉の露の玉をばころころところがし遊ぶ幼よ幼
何人も露の身なると思へるも明日もかくあれと願ひてをりぬ
秋の畑に夕さりくれば闇せまり耕す我の影をのみこむ
豊田 絢子 作品集