四年経て完成したる「みのる橋」渡り初めから有難さ知る

苦しみを歌にて詠めばいくらかはやすらぎあるかや「癌」告げられし反

「三月になつたら三人で旅行に」と言へば笑顔の術後の妹

挿木にと月下美人の葉を一枚持ち来てくれたり萩の妹は

二十年に一度開扉の秘仏なる阿弥陀如来は黒く小さし

「どうぞお入り」と言ふより早く吾が家に入りて来たり友は目の前

完熟の「パスクラサン」をスプーンにて独り食べるよ仏前に座して

まつすぐに書いたつもりの宛名文字左へ左へ流れてありぬ

乙女の日の紀元節をば憶ひつつ久久に歌ふは国家「君が代」

冬籠りはあと何日かとカレンダーへ目が移りゆく大寒の日を

こくこくと彩り変る富士の山朱色黄金色にと 日を受けつつ

百もある石段の上なる大龍寺登れぬ吾は下にて合掌

姉妹して母の年忌を数へをり皆老いたれば取りこしせむと

赤と白の曼珠沙華の咲くわがさ庭友より届きし黄菊も咲きて

床の間の掛花入の「こえび草」香の煙と共に揺れをり

「僕と娘はスペインに帰っても日本語で話します」と発つパブロ君

改めて富士の麗姿を拝まむと渋滞に堪へ進み行く人等よ

夫宛ての手紙は又も届きたり黄泉の国へと転送せむか

旅先の娘よりの電話を隣り家よりかかるがに聞くイギリスなるに

今の子は「忠臣蔵」知らないと嘆く講師よ時は移りて

舞ひ落つる桜の花びら頬打つに負けじと歩む杖音高く

半夏生は池のほとりに映えをりぬ梅雨雲の間ゆ降り来る光に

御高齢と丁重なれどもその意味は大年寄と言ふことなのよ

花入れにあふるる程のカーネイションよわれ長らへて五月の風受く

かすむ目に薬さしつつ編み上げし雪うさぎの親子われに笑みくる

花桃と書物に埋れし郁子さんの写真の笑みに受くるやすらぎ

毎日が日曜日なる暮らしなれど土曜日来れば明日を待ちをり

献詠を迷ひ迷ひて夜もすがらわれは決めしよトランプ占ひで

旅に見し皇帝ダリアの歌を読みつと顕ちくるは雨空のむらさき

しやべらぬ日一日とて無き美つちやんの母の弔ひ今日は弔ひ

騒がしき憂き世と見てか家持の歌碑は向きをり北朝鮮に

あの人が今存命ならばと思ふなり白洲次郎に坂本龍馬

母校創立の百年記念に二万円の寄付を言ひ来ぬ振り込め詐欺か

暮れなづむ庭に灯点すゆうすげよ大きく揺れて吾を招きつつ

ラジオ体操するごとく鍬をふり上げて大地に対ふよ吾は八十七歳

立ち芙蓉の上まで咲けば梅雨明けよあと十糎よ風にゆれをり

吾が畑の京菜の茎は陽を浴びて白糸の滝とも光を反す

今一度松坂牛のすき焼きと叫びてをりゐし母は百歳

ひよの群れくろがねもちの赤き実を啄ばみつくして青葉が目に沁む

夜の雨に不気味に光るアスファルトの広場はかつてのわが住みし跡

知らぬ間に夏は過ぎゆき秋も去に師走となりぬ水害あれども

病院の跡地に植ゑし雪柳友よりのものよ春ぞ待たるる

九月にはこの路線バスも廃止とかさもありなむと一人黙しつ

三十七歳母となりたり孫娘の授乳の様の誇らしげなる

初つばめの声聞きませと障子開く耳遠かりし夫そこに居るがに

[WBC]の幕は降りたりお祭りの後の静けさ花冷えの宵

この吾の遺伝子継ぎたる曾孫の小さきいのちよ鼓動いとほし

「お久し振り」と笑顔やさしき人の名の浮び出で来ず三日月浮ぶ

紹介状持ちて四つの病院を尋ねて行きしか友は独りで

花ももの桃色の花咲き乱れ亡き人見よとや虚空に向かひて

桐の花も藤もそれぞれ紫に上向き下向き咲き揃ひたり

このせまき家内やぬちに必ずある筈よ探すは仕事と障子明るし

「おせちの黒豆は母さんの仕事よ」と娘に言はれ今年も上出来命長らへて

鼻歌を歌ひて校長室に立たされしと思ひ出話に夜はしらじら

に」か「も」かと助詞に拘る歌の味深くも浅くも助詞の一字に

ひと雨の通りし後に打ち水すもう少しとレモンのささやきくるに

「茄子の牛は珍しい」と僧侶笑む夫逝きて十五年はやも過ぎしよ

はてしなく続くはスペインの「ハイウエイ」トンネルもなく料金所もなく

縁ありて母娘と呼ばれて六十余年二人連れだちスペインへの旅

歌会にも行きたし歌舞伎もぜひ観たし鉛筆倒して金比羅に向ふ

三門の天井の竜うねりをり色鮮やかに幾とせ経ゆかむ

久久に夫の墓前にやすらぎぬ杖をたよりの日日を語りて

ぐるぐると天井が廻る目がまはるこのまま廻って浄土へ行くか

暖かき部屋に移しし藪椿われもわれもと咲きては散りては

遅れがちの時計の電池替へたかりわが関節も取りかへたかり

乱れ咲く山ほととぎすに夫想ふ香りのなきに夫の香はたつ

十年前逝きたる夫に賀状来ぬ覚えぬ名にして子に尋ねみぬ

物忘れはげしき吾に腹を立て役所の金泥棒にはもっと腹立て

空の色が少し違ふかスペインへ嫁ぎし孫より届きし絵はがき

あきらめて忘れてをりし蟇口のぽつと現れ嘲笑ふなり

わがさ庭のかたへに立てる梶の葉の茂みに涼む夏は来にけり

老ゆるとは二度の童子になることよかはゆく生きん童に戻りて

仙台よりの贈りものさすがは伊達藩よ桐箱入りのさくらんぼこれ

なぜ生きる問はれて迷ふ生かされてゐるだけの日日今の私

「ただいま」と帰り来たるは誰なりや覚めて独りの暮しを思ふ

老いたるとて女はをんなショーウインドーの夏のドレスを横目で見やる

共に見し大阪弁の「朝ドラ」も終りに近く郁子さんは逝く

すんなりとこのまま春は来ぬらしも今朝の寒さに又臥りをり

孫娘の結婚式はスペインよ羽織袴のダンスもありて

呆けぬうちに一緒に暮さうと言ふ吾子よ今しばらくは一人にて在らむか

「平成十二年十二月一二日」百歳の母と語り明かしき今日十二日

「高一」で不登校となりし孫ちひろ紅葉の木陰の白無垢姿よ

「曲者はここにも居るよ」と詠む友にほくそ笑みつつ拍手喝采

嫁としての仕舞ひの大いなるイベントと年忌済ませぬ曼珠沙華の季を

足腰のおとろへ余所に口だけは達者なものよと語り明かしぬ

行きずりの美男子に貰ひし備長炭袋の底でかしゃかしゃと鳴る

行きずりの男の子の呉れし黒竹をずるずる引きずり家路を急ぐ

過去の人次次出で来し初夢よ今年は我も仲間入りするかや

牡蠣祭りひなの祭りにあがん祭しろ魚祭りも吾ときめかず

孫の子の顔を見むとて三時間余バス乗り継ぎて行きゆくわれか

電話で昨日「又ね」と約せし友の訃よ何故どうしてと一日は過ぎぬ

午前四時の高野の霊気は清らかと曼荼羅を背に僧は切切と

何げなく過しし日日は音たてて崩れてゆきぬ癌宣告に

さりげなく厠に置かるる紫陽花のドライフラワー彩香を秘めて

弔の読経流るる家の外に話の彈むクラスメートら

プライドを捨ててかせんべい立ち売りす高松稲荷の参道に孫は

美味さうに仕上る料理番組を見れども梅雨に心動かず

歴史館の九階より見ゆる大阪城ビルの谷間におもちゃと紛ふ

寄り添ひておこぜが二匹睦まじく陶器展にあり「ロイヤルコペンハーゲン」

初咲きのほととぎす一枝供華せむと剪れば残りの枝も揺るるか

世の中はさういふものよと諭されてドンマイ・ドンマイ・気楽に行かむ

何時何処でかうなりしやと山茶花の文字を睨みつ納得いかず

人生が終はるわけではありませんオリンピックは四年に一度

親は子を子は又その子を憂ひつつ二十四年の闇に灯は

冷凍のトマトは水をかけるだけつるりと皮剥けシャーベットの味

ミサイルが日本列島を狙ふと言ふニュースの陰の小さきわが悩み

何げなく過しし日日は音たてて崩れてゆきぬ癌宣告に

手を繋ぎ歌うて歩む曾孫にいのち長らへし冥利を思ふ

刑務所のバス停を問ふ若き人むづかる背の子あやしつつ問ふ

消したよと思ひしコンロで又焦し苦きカボチャを黙して食みをり

秋彼岸に曼珠沙華の花咲くごとく杜鶻が咲く夫の命日

幼等の投げたる餌を袈裟掛けに切るごと舞ひてキャッチする鳶

はしたないぞとたしなむる夫今は亡しおもひきり大きくさめしてみる

若き日に夫より届きしあまたの文は戰の最中の暗号文字ぞ

朝ごとに向ふ鏡に母の声あなたの口紅濃すぎはせぬかと

吾よりも足弱き人前を行く追ひ越し難く廻り道する

初つばめの囀り聞きませ朝日さす仏間の障子明け放ちおく

散り初むる桜並木をバスが行く浄土にゆかむわが夢のせて

背負ひたる苦労半分母の背より貰ひてあげたし軽き吾が背に

楊貴妃の夢ものがたりや油谷の浦北に向く墓は紫陽花の中

日日使ふ電子レンジは機嫌悪し動きつ止まりつわが脳に似て

浴衣なくタオルもあらぬ山の宿純粋の大気胸一杯に

地の底に夫と涙とプライドを納めし後は南無阿弥陀仏

白山に茜を受けてなほ赤しどうだんつつじ眼下に広ごる

おばあちゃんコラーゲンよとぼたん鍋今更と言ひつつ箸を出す吾

うつし世のしがらみ癒せと奥津城に妻のしら骨撒く人の背よ

スペインより訪れ来るパブロ君日本の香りは農村に漂うと

北ボルネオに戦死せし人等の墓標あり高野に友の名求め来れば

髪の色も指の形も子に似たる孫と連れ立ち高野道を行く

からからと大きく笑ふ友も居てわがグループは平均七十八歳

ヨン様も選挙も拉致も何処にや「安宅関」の海老蔵に酔ふ

ポケットに「ニトロ」の錠剤残りをり夫の苦しみ吾知らざりき

よろよろと余震に脅え逃げ惑ふ山古志村の牛は細りて

父描きし灯台の絵よあの頃は母も在せり広ごる思ひ出

平成元年二月十一日夫と訪ひし「東洋陶磁美術館」に今日独り立つ

「バツイチ」の孫の伴侶の定まりて春はうららか今日熨斗納め

それぞれに耳遠きこと嘆きつつ桜賞でゆくわが三姉妹

病む夫の求めし昭和万葉集二十一巻繙かれぬまま

「紫陽花がかわいそうです」と便り来て人間の干物ができさうとしたたむ

口惜しや弟は腎臓兄は肺癌にて逝きたり医師でありしに

行列の先分からぬに連なりてひじき飯食ひき戦時中なりき

 船曳 文子作品集