ハムスターの墓に水仙供へやる有るか無きかの土の膨らみに
鏡にて映して振り向く東の空に虹あり消え入りさうに
営業は初めてのことぎこちなく人に対きをり笑顔を作りて
ゆるやかに店に流るる音楽を聴くゆとりなく対ふパソコン
紋黄蝶の案内の後に付いてゆく小さき祠に佳き事告げむと
洗濯物を干すより早く凍る朝鴉がゆるりとわれを見てゐる
冬の日のあまねく差しゐる枯山に芒は白じろ光を反す
参道の竹林にらふそく数多置くわれらに良き事ほつほつあれと
頻繁に奈義に営業に来るうちに恋したるらし那岐連山に
喪の家をおとなふ仕事よ穏やかに心鎮めて玄関へ入る
亡き人が歌詠み人とわが知れば山詠む歌をお供へするも
みんなして練り上げてゆく筋書きに祭りの芝居の形見えくる
近く建つ小学校より「おばはん」と児童が声を掛けくる会社
人が死に人が生まれて風が吹き時はとどまることを許さず
若い頃に戻りたいなどとは思はない選んでここまで生きて来たのに
雨雲が那岐連山を包みをりかくして森は育ちゆくらむ
助手席の見知らぬ遺影に問うてみる良き人生でありましたかと
大方は父より前を行く母よわたしもさうなるいやなつてゐる
億光年の宇宙を見よとや望遠鏡「なゆた」刹那を生きゐるわが前にあり
うらうらと温もる大気に包まれて人は小さく田畑に動く
青き実を付けたるオリーブの枝を揺らし小豆島に明るき夏風が吹く
うから等の読経流るる窓の外を風に揉まれつつ桜花散る
突然に逝きたる友を悲しめど生きゐる者は生きねばならず
変はらざる大晦日にてかがり火を囲みて午前零時を待ちをり
山形の黒媛塚に立ち入るに盗人萩がびつしりと付く
ポスターにて「あっ晴れおかやま国文祭」の文字がみんなで手を繋ぎゐる
戦中の女性の悲惨を語りては怨念のごとき「ヨイトマケの歌」を歌ふ
ヘリコプターに居るを忘れてわれは今翼を広げし大鳥になる
立ち寄りし息子が夫の部屋のぞく「おう」「うん」で済む男の会話
父の踏みし霜柱よと思ひつつ参道を行く春立つ朝を
不景気を言へどもわれには縫ふことが一番似合ふと吾が知りて生く
閉店後の窓辺に「サンタ」を飾りゐる若き店員の顔不機嫌なり
参道の樹樹にまつはる朝霧の深きが境内を鎮もらせをり
倉吉に「みつぼし踊り」を身にゆかむ落人たちの霊にも会はむ
若き死を悼む焼香の列にをり花水木の実の堅さ青さよ
遅れ咲く白山吹の一輪が風をまとひて淡淡とあり
橋をくぐり橋をくぐりて巡りゆく春の堀川芽吹きを見つつ
八人の孫戻り来て二人展の裏方とて働く祖父母がために
おれ針のかけら探せど出でこぬに「PL保険」が頭をよぎる
間違へて銀行の金庫に入れられしわれの龍誌に金運あるやも
山頂に生活の音は届かずて一両電車がするすると行く
展示室「月」の空気を震はせてシェビブが歌ふチュニジアの歌
真つすぐに伸びゐる杉のすぐ上に夏空がありて林道を行く
さあ来いと言ふごと道の正面に入道雲が高く湧き立つ
紫陽花の美しさのみ言ひその花の重さは言はず別れ来にけり
こともなく樹樹の若葉を育てゆく森に頭を下げて入りゆく
針・鋏の管理を厳しく言ふ男仕事以外では「イケメン」なのに
かそけくも風に揺れゐるもの見れば祠の軒先借りゐる蓑虫
棒ひとつ打ち込まれたる心地して壇上に慎しみわれは立ちをり
初めからやり直したきこと思ひつつ窓ガラス磨くいつまでも磨く
見えぬもの見る旅に来て宮滝に「象の小川」の水音聞きをり
はらはらと切なく桜を散らす役引き受け祭りの芝居のけいこ
白き雲浮かべし故郷の夏空が「待受画面」を開けば見える
哀しみの数だけ弾ける花火かと見をればその色いよいよ澄みて
「かわいいわ」弾める声に振り向けばわが縫ひし服よ新宿伊勢丹
おまへとは最初で最後の出会ひだと小指をなぞる蛍見てをり
子を乗せし飛行機一機呑み込みて初夏の空何ごともなし
栄えにし鉱山跡地も揖保川の源流も包みて若葉若葉よ
春雷を身体はおぼろに感じつつわれはどろどろ眠りに落ちゆく
崩るるなとわれに言ひつつ踏んばれど足元ずるずるめり込める夢
山の上の小さき祠にゆらゆらと灯明揺れつつ春は立つなり
デザイナーに一切不満は言はせぬと意地で縫ひたるコートを送る
ストーブのやかんはしゅんしゅんたぎりつつ戦国史談は佳境に入る
ひょっこりと小見山輝に会へさうな秋の旅行の笠岡を行く
ライバルの縫ひの技術をさりげなく見るなりかはゆい服と誉めつつ
元日の昼の露天風呂に媼二人話ゐるなり涙拭きつつ
通学路の細き近道両側の草を結びて転ぶを待ちゐき
御宝木の行者塗香の強き香よ未だ裸の渦のその中
引っ越しの荷物積み終へ娘は辻のお地蔵様に挨拶に行く
思ひ切り開きたいけど開けない眠り芙蓉のストレスの赤
サイドミラーに並木のカーブ映りゐいてもうすぐ青い車が来ると
屋久島の貝に棲みゐるやどかりが美作の地に食べるポップコーン
緞帳にせむとてつなぐ古き帯幾多の過去の滲みて重し
生れし日も入道雲の湧きゐしやわれを育てし八月の照り
パソコンのデスクトップに大根がさんま焼きをり秋来たりけり
「この道よりわれを生かせる道なし」と子供服創りて三十八年
時どきは不正が暴かるる世となれど正直者が残るとも思へず
雪の上鳥の足跡が矢印のごとく続きて「お帰りはこちら」
葉を落とし赤き実ぽろぽろこぼしつつ山帰来はなほ刺を離さず
「さうだね」と相槌うちてくるる子と話し続けてゐたき冬の夜
「おやじの味」と言ふ子が増えてゆくだらうか男女共同参画社会に
完璧に美しく宙に浮べると思ひし瞬間腰に激痛
京の日が差し込む部屋のベランダに布団干すだらう手摺りを拭かう
忍冬のしるく匂へる結界に踏み込みにけり蛍追い来て
「辛い」といふ文字見つめをりあと少しで「幸せ」になれるやうな気がして
縁側の椅子に雨だれ見つめゐる二人の背に時が動かぬ
玄武の棲む船岡山に行むとてデパートの地下に弁当を買ふ
京都駅のフロアを染むる夕焼けに行き交ふ人も幻にして
紫染めのブックカバーに万葉の歌の香りの移りゆくらむ
何もかもまあるくなれと言ふやうに雪はひねもす降り続くなり
不意に吹く風に掬はれないやうにあなたの肩へ急ぐ風花
桜色に染まりて光る雨粒が触るればぽろりと花を離れぬ
桜を見むとつと始めたる参拝がそのまま朝の日課となりぬ
ひそやかに企みもちてゆくわれを真っすぐ伸びたる杉が咎める
酔ひしれて最終電車も逃したる男が心に持ちゐる孤独
天の字に並べ置かれしドラム缶が火祭待ちをり夏日に照りつつ
陵を水面に映して何もかも終はりし事と鎮もる池か
風強き国府の塔に揺れをればなくなりさうなり信じるものが
遊ばうよ山に行かうよと団塊世代のわれの仲間の元気な賀状
立春の朝に捧ぐる燈明が一番好きといつより思ふ
最後までわたしが誰だか分からない媼と別れて戻り来たりぬ
啄木鳥が穴より覗くを待ちてゐる少年の耳にピアスが光る
バス停に置かれしベンチに夏草が届かむとする後もう少しで
ただ前を見つめて自転車漕ぐ少年荷台に浴衣の少女を乗せて
打ち水の後の涼しさ背に受けて遠くに弾ける花火見てをり
天空に届かむばかりの山村に媼は住むや都と思ひて
浜田くに子 作品集