均衡のとれねば杖にすがりつつ葱三本を抜くみそ汁の具にと
曾孫と吾は五目並べに対戦すあなどりがたし次の手を読む
よろけては踏みなほす足のせつなさよかかる仕草が老いといふものか
一歩づつ許しもなくて入り込む秋の陽射しはわが背にのびくる
姑の好みしつはぶき真っ盛り腰の曲がりし幻うかぶ
芋を掘りシルバーカーに山と載せ野路をもどりくつまづきつつも
櫻花・水仙・菜の花にこだはりて供へぬ弟の亡骸の前
岩の間にのぞく南天すこやかに春日を浴びて天の難取れ
鍬を持つ手の重かれど地の温み上がるを知りて畝に種播く
さはいへど詮なしたしかに劣へて四肢も脳もそがれゆきをり
難聴の友と会話にためらひつつ一歩も二歩も近づきてゆく
どっかりとまろき地球に腰をすゑ草を取りゆく産毛の如きを
峡の朝「デデッポウデデッポウ」と山ばとの声ひびきくる裏の山より
朝刊を読んでつかれて一休み沈むベッドに姉の幻
お地蔵様に帽子を着せて振り向けばその口元がややゆるんだか
裏山の自然のうみだす風景が吾を魅了す移ろひながら
朝あさに咲きつぐあぢさゐの色深み小さき蕾も露を持ちをり
この道には何かある道音もなく誰もがゆく道八十路の老い行く
らふ梅を活くれば匂ひのしるくして雛様かざるを孫と待ちをり
立春の声を聞きつつかさ高のセーター取り出す呆けの入門
小浜の箸かわきし音に重なるは若さよ思ひ出多くを拾ふ
こともなく過ぎゆく日日を良とせむマイナスになる言葉は言ふまじ
穢れなき銀の水玉ゆっくりと移りゆくなりすず風受けつつ
子つばめは顔一杯に口を開け運ばれくるる餌重なりて待つ
大根の種を播きつつ鶯のソプラノの声も混ぜて播きゆく
絵本をばさかさに持ちて声高に読み続ぐ曾孫何語ならむや
朝あさにあまねき光の嬉しかり心の扉全開する吾
手を取りて声なき姉と語りつつ心は通ふか深きまなざし
明けどきに若きらの声とび交ひて「ユンボ」は持ち上ぐ棟木を高く
特産の味伝へよと若きらの柚子みそつくりにかり出されたり
新幹線のホームうづめる人の波杖突く吾の不安窮まる
喘ぎつつ暮すひと日のポストには納税の知らせ重なりてあり
ふる里の空家の大戸の表札は兄在るがにも掛りゐるなり
秋日浴び真っすぐに伸び咲く狐花ひと本ひと本純なる華やぎ
二十余年使ひ馴れたる大釜を丹念に洗ふ柚子みそ匂ふを
よぼよぼと蟹の這ふやに玉葱の苗を植ゑゆく暮れ早き日を
大晦日探しはじめて元日も探し続けて未だ見当らず
熟れ柿をついばむ鵯数十羽枝をゆらして積む雪ちらす
氷上にたはむる如き舞姫よ裡には青雲の志あらむに
指折りてとつとつ歌詠む老いわれに刻きざむ音空は白みゆく
やうやくに歩く曾孫は店先の並びゐる靴せっせと運ぶ
通らぬと思へど通る理もありて一生見越せぬ愚者の一得
送り物あれこれ選ばむデパートの品物あふるるに踵を返す
手まご負ひ腰をかがめて歩くさま末恐ろしき曾孫の仕種
戻り来ぬ愛犬タローを待ちをれば暮のしじまにこほろぎの鳴く
わくら葉のひとひら舞ひくる夕暮の砂利路をゆく二人の影ぼふし
友だちは深き歌輪を持ちをれど我は手のひらで水を汲むほど
蕗の薹あらはに見ゆる日溜りに蓬も連れゐて春のぬくもり
木の枝に忘れしラジオはぼやきをリ「だあれも聞いてくれないよう」と
やはら陽に散りくる花びらふはふはとおういおういの花見酒かな
「気楽坊」に「幼児狗張子」に近づけば語りかけくる田中の木彫
一かけらの氷を入れし江戸きりこ溶けゆくまでのウイスキーの色
雨上がり草を取り入るわれ吹きて一陣の風土の香りよ
見つむれば引き込まれむか池の面に人影もなく音も聞えず
読み継ぎし詩集を胸にのせにつつ得体の知れぬを探してをりぬ
大根の太きを探す畝の間に沈みし靴の片ちびの跡
因幡なるつるべ落しの日暮どき降り来る雨に襞なす砂山
ハロゲンヒーターに糸をつるして餅をやく案に賑はう青春の男の子
七色の糸で組みたるお守りと八十路の友は笑顔に呉れぬ
わが脳をきざめる音かコツコツコとMRIの空洞の闇に
この脚は無数の歩み重ね来てまだ続けたし平成の世も
だっぷりと倦怠感につかりゐる今日は入梅細き雨降る
朝の陽に今日も無事かとたづね見る自問自答の朝の清けさ
茜さす空を仰ぎて戻りくる傘寿の足のたどたどしさに
手を振りて去りゆく人のまろき背を小春日やはらに包みゆくなり
「あのあたりコスモスゆれてゐたよなあ」沈みゆきしよ田畑は湖底に
鳥の名を探す時間に手間どりて小鳥飛びゆきせまる夕暮
故里の合併せしは若き日よ又合併す吾が生ある間に
やうやくに成りたる歌集『半歩のあゆみ』嫁に出すかに従きゆく思ひ
卵をば抱きゐるがに両の手にほのあたたかき嬰児なりけり
かみ合はぬ対話にこじれ背を向けてひねくれをれば長き一日よ
末宗 千歳 作品集