ひらひらと舞ひ来る雪の音もなく時折り高きひよどりの声

雲辺寺の五百羅漢の筆持つ像に夫の便りを聞きたく祈る

若き日の浴衣を裂きて布草履素足の感じの心地よきかな

医師の手の操るカメラが我の胃を隈なくさぐるを目を凝らし見る

父母の金婚記念の茶器なれば妹と飲む母の命日

在りし日に作りし折紙人形に囲まれ従姉はねむるごとくに

世を渡る拙なき風にあざむかれ飛行機雲が空を分けゆく

鴉見て花見て思ふ歌心惚けるな急ぐな鴉が笑ふ

木枯らしにもて遊ばれて還りゆく落ち葉と共に君は逝きたし

詰襟の大きめの制服マッチして幼顔して声変りして

米余る時代に黙もく足し苗す飢ゑて泣く子の映像浮かべつつ

山峡に嫁して眺めて半世紀向山の大欅我見守るか

焚火する木の切り口より水滴がぽたぽたと落つ涙のごとく

寝返りて胸の支へは募れども詠み込めも得ぬ孫の病か

起き出でて今日の予定は豆植ゑと野良着着こめば味噌汁匂ふ

山峡も時の流れに市となるか能登香の里は黄金波うつに

突然に檜倒れつ突然に老い先思う台風来たりて

君逝きぬと報せを聞けば若き日を語らひをりぬわが裡深く

思ふ事言葉にならず真夜中を三十一文字に指折りてをり

言ふまいと思ふ心がつい緩み悩みもらして十六夜の月

悩みごと一日心によぎれどもドンマイドンマイと眠りに入る

柚子三個を冬至の湯舟に浮かばせて五歳も若やぐ気分にをりぬ

団欒の夕餉に添ふる一品は友と作りし手造り蒟蒻

集ひ合ひしぐさも顔も似て来しと語り合ひつつ父の三十三回忌

一言を大欠伸して飲みこんでテレビの画面に話題を変へぬ

小豆島のオリーブの下に遍路着の我等が並ぶ今朝の新聞

八月に聞くは原爆の傷あとよ癒えざる人よ我は少女なりき

大根と白菜入れて娘に送る買ふより高き運賃なるに

 藤川 亜也 作品集