家の中話して見るも誰も居ず夫と語るのもわが胸の内

青き色好みて買ひし車なれど乗り手なくては泪のもとか

亡き母の古き着物に袖通しその優しさに包まれをりぬ

葱の苗求めて植ゑし田の隅に心細しよ明日をも知れぬ身

老の身は夕餉の仕たくうとましく店屋物でもいいかと決める

夫逝きて独り暮しの叔母なれば日がな一日もの言はぬ日あり

孫娘一人暮らしがなれたるか文も電話も今はなきまま

亡き母の歳を越え行く我が命憂いも悪しきも乗りこえて行く

作業着の初恋の人の仕事着にそっと手を触れ赤面する我

四国路の土産と受け取る「土左日記」紀貫之の歌にひかれて

異性にもときめくことのなかれども犬や猫にはじつと向き合ふ

手を振れば手を振りかへす孫にして北の大学に行く希望にみちて

秋ふかし白山茶花の可憐さよ亡き母に似て優しき花よ

命の灯微かなりけりもの哀しくたち止まりたる我の歩みか

田の畔に身をそり上げるねじりばな小さく可憐なピンクを咲かせて

孫娘一人暮らしがなれたるか文も電話も今はなきまま

茶を淹れて話す事なき老いわれら新聞読みてすげなく立てり

今日の作試行錯誤の末の出来人に見せてもちよつといいかな

あと五年暮らしていたゐこの人と恨みも愚痴も過ぎ去りし今

打身痕癒えぬ夫の背流しやれば我に頼りて湯に耽りをり

運転を辞めると言ひし夫なれど新車を求め出でゆく姿

この歳で紅をつけるも気はづかしく遠くを見つめて唇をかむ

沖縄のとつくりやしは我に似るどこが胴やらどこが脚やら

村の長九十七歳生きぬいて写真に納まる勲章を胸に

共白髪夫とよりそひ歩む道互に支へ手を取り合ひて

三十年前の日ぐらし鳴くや亡き母の月命日を明日に控へて

水分神社さまがわりして宇陀町の松井駒帰りには友も在らざり

蟹を食ひいくらも食ひて鮭も食ひ羆と遊ぶ道南の旅

そのしぐさ今もまざまざ顕つ人よ初恋なりしか今は亡き父

一年がジェット機のごとあわただしくむなしく過ぎて除夜の鐘聴く

釜山吹く風に舞ひくる桜花胸高きリボンチマチョゴリかな

母逝きし年を越えたる我は今夫と生くるを喜びとなす

初対面に誉められたれば笑みかはし送るを約す手拭帽子

朝朝に竹刀を握り気合入れ刑事を夢見る十五歳の夏

緊張は極限に達し指ふるへ発表してゐるあなたの前で

通夜の席遺影が笑ふ慈悲ぶかく堅き絆の長老の死

夫婦して共に死する事出来得ぬと知りてはをれども離れ難しよ

友の歌集『未知の歩幅』を読みをれば脳の細胞生き返りくる

得得とわが指に居る猫目石怪しく光るについみとれをり

亡き母の齢となりて古稀近し夢に見る母いとうつくしき

花は散りつつ友の遺影の前に座す残されし妻よ心如何にや

繋がれし自由と言へども二メートル狭き世界に「剛」は生きをり

「タビックス」のちらし眺めてわくわくし旅せし気分よ安価なる我

やすらぎて背中合せの犬「剛」よ冷たき鼻が我が頬に触る

京都女子大学見事に受かりて夢ひとつ史学を語るか皎き歯の孫

夜の空に宝石蒔くがに星出でて地にはアベックへそだしルック

清き水流るる谷の蕗のたう朽葉かむりていまだ固きよ

若くない手をつなぐ程若くない二人三脚空気のごとき夫

どすこいと相撲甚句が流れきてちゃんこ鍋匂ふ福井の町に

菩提寺に冷気を誘ふ大公孫樹法然上人の杖の手植ぞ

能登香の湯うすくれなゐにほこほこと金木犀の香風に乗りくる

北向不動の九十九折り坂登りきて神霊さそふ岩清水かな

唄に酔ひ酒にも酔ひし友の顔仕事半ばの惜しまるる死よ

点滴受け管を銜えて白き部屋に肺癌末期壮烈なる様

管つけて脳も手足も動かずに顔整へる植物人間

穭田で「もう作れんぞ稲なんぞ」弱気を言しにトラクターを買ふ

京都女子に受かりし孫の胸元に小さきダイヤ掛けてやるなり

東雲の輪郭浮かび今日も又付き添ひ始まる一喜一憂に

着飾りし乙女と並ぶ犬の眼は我を見つめて放さざりけり

髪を染め眼鏡をかけてヘルパーぞ古希近くても若くつくろふ

嵐山の「琴きき茶屋」のさくら餅大宮人と味もおなじや

握手すれば博多人形の手のやうに冷たく小さき孫娘の手よ

 藤本 伸子 作品集