泣き笑ひの六十年の歳月を共に支へし夫婦の絆

毎朝のいつも変はらぬ食卓がとても大切だと思へる八十路

我が家の礎きづきし初代の祖の五十回忌よ遺影に語る

ありがたき朝の目覚めに感謝して農に励むを喜びとする

母の手を背にしっかり歩いて花束を新婦に贈る一歳のひ孫

一升餅を背負ひてよちよち歩みゆき筆を選びて笑顔を見せたり

百年を経りても咲きし紅梅に祖を偲ぶも梅月夜にして

霧ふかく杉の木立はとざされて鳥の声のみひびきくるなり

張り替へし白き障子に清らかに初日差しくる縁側に立つ

常盤木の松の葉先に露の玉まぶしき光映ゆる七色

裏鬼門に祖が植えにし柊よ百年経りしやまろやかなる葉

代掻を終へて澄みたる田の面に映る車の影走りゆく

梅雨晴れに庭の雑草刈り取ればにはかに匂ふどくだみの香や

嫁の顔も忘れしまでに老いし母頬なでやれば待ちしうたごゑ

炊きこみのご飯のにほい暖かく夕餉をかこむ三世代わが家

三日三晩夜干の梅を気遣へば梅雨のあがりて満天の星

待望の夕立きたれば舗装路に熱き匂ひの雨流れゆく

お目出度き百歳の祝ひ受けし母得意なる歌「戦友」を披露す

味噌作り終りたりけりくつろぎて厨に一人のむコーヒの味

人の世に生れ来たりて百二年母の生きざま偲ぶ百か日

梅雨晴れに色づく梅の収穫を夫婦で出来る七十路越えても

蝉の鳴く見晴しのよき墓地に来て近況話しつつ墓石を洗う

刈り進む稲田の上を赤蜻蛉湧き来る如く群れてとぶなり

青き海太平洋の風うけて足摺岬の展望台に立つ

おはやうと交はす言葉から始まりて我が家三世代朝の食卓

北の大地道南の旅の秋晴に夫婦で立ちしよ千歳空港

軒下につるす玉葱幾十連わが収穫よ八十路すぎても

毎朝を壁にもたれてズボンはく老いとははてさて募る淋しさ

柿の実たわわに稔りて晩秋の夕日に映ゆる里山の景

 光井 房子 作品集