時に良し時に悪しくも今日の日を精一杯に生き抜かむ我
爪・皮膚と次次現はるるリスクにも我は負けじとハンドル握る
我が家にて育ちし燕ら電線に数多並びて別れのコール
四半世紀を共にせしパソコン数数の思ひ出残して静かに閉ぢぬ
粟井小に三年ぶりの新入生村人あまた集ひて祝ふ
我にのみ奇跡はあらずや病巣をぢつと見つむるパソコン画像
招かれて祝賀の会に出で来れば指揮を請はれて「ふるさと」大合唱
窓の辺でグラス翳せば雲間より出でし太陽は右上欠け初む
粟井つ子と文部省唱歌で指体操「雪」とふ歌は百歳なるぞ
荒れ果てし廃屋の庭に連翹は軽やかに咲けども訪ふ人はなし
本を選ぶ我に童ら浮かび来ぬ朗読ボランティアの奉仕日近きに
久久に栗山歩けば懐はれぬ母と拾ひし童の頃を
「ひだまり」のサロンに集へる老友ら三分の二はお達者媼ら
乗客の無き定期バスが今日も往く過疎地となりて久しき村を
小豆選るその手休めて眺むれば庭の石蕗の眩しき真黄色
留守宅となりて久しき庭先に夏草ひっそりと咲きては散りをり
我はまた音の世界に誘はれホールで聴きゐるショパンの名曲
淡雪舞ふ聖山の地を巡りつつ高野の山の歴史にふるる
人住まぬ屋敷に柚は高だかとたわわに実れど訪ふ人もなし
ひのふのみ児らに囲まれお手玉に挑むは衆楽園の迎賓館ぞ
久びさに訪ねし生家に人在らず父母の声我を呼ぶがに
浴衣着にくつろぐ古都の同窓会つきぬ語らひ夜は更けてゆく
高だかと伸びゐる庭の白木蓮よ主の在らねど白白と咲き
通学路に声弾まする学童よ新学期の夢をかばんにのせて
手づくりの凧あげ競ふ童らの声は響けり作東パークへ
さあ出発わが家で巣立ちし数多の燕電線に並びて別れのコールす
ひさびさに生家を訪ひて父母の遺影に向かひてしばしを語らふ
三名の新入生を祝はむと地区民数多集ふ入学式
図書館に集ひし母子ら雛人形作りて飾れば各も各もに
拉致されし子らの帰国を待ち侘びて苦難の道程二十四年ぞ
若く逝きにし母に見せたや老い父の叙勲記念の雄雄しき姿を
人住まぬ旧家の屋敷にショベルカーあり轟音と共に瓦礫とならむか
子燕の声にぎにぎしき軒先をしばし眺めて朝餉のしたく
寒風を受けて球追ふ子どもらに我も負けじとゴールをめざす
六人の新入生を祝はむとあまたの来賓集ひきたりぬ
いそいそと車走らせ我は今古典の世界に誘はれゆく
個々の力平常心で発揮して体操ニッポン復活果す
歳経りて鋸歯の取れたる柊の葉いつしか我もかくなりたしよ
コンサート終へて家路につく我ら瀬戸の海にはまつ赤な夕日
連日の橋架工事の轟音に家も庭木も我も脅えをり
訪ふ度に「我が家が見える」と老い父は院外指して吾に訴ふ
花だより聞こえし頃より皮膚炎を患ひ来たりてはや処暑は過ぐ
ふあふあと水槽漂ふ赤クラゲ眺めてあれば夢幻の世界
しんしんと小屋を被ひて積もる雪炉はあかあかと夫は稈仕事
ストライク「ばあちゃんやった」と孫叫ぶガッツポーズのわれにかけ寄り
子どもらの願ひをのせたる短冊が風になびくか粟井の学びや
刻こくと臨終迫れる父の目に涙うすらと滲みてはこぼる
かぎろひの丘に登りて眺むれば人麻呂詠みし景はパノラマ
池田 保子 作品集