むざむざと殺されし人らを記憶する人らも老いづき原爆忌来る

那岐山に雪は残れど降る雨に野はみどりなす大地の息吹と

年賀状に己が十代の友の名を書けば顕ち来るあだ名の日日が

亡き父母の老いづきし頃を憶ふなり冬ざれの庭雨ふりやまず

香登なる鉢になに擂りし兵卒ら天神山に拾ふ重きかけらよ

貧・瞋・痴いまやう老いに若き僧汗をふきつつ大声の法話

治癒するも長島いで得ぬ入所者ら戸毎の表札ひとりの名のみ

アフリカの飢餓とエイズの映像の子らの黒き眼ま澄める子らの眼

身につらき暑さに外に出でずして今朝見る広田よ匂ふミヅ瑞穂よ

風倒せし蕎麦の細くき紅茎の三日経て立つほつほつ花よ

糸と針に編み出だす模様に時忘るる八十路の媼らやさしき手わざ

太き字に「大日如来」と刻まるる石幾たび遭ひしや魔の広戸風に

野辺の草の凍み縮くれしそのみどりをさやにひろげたりひと夜の雨は

土居宿に寄り来て住みしか源平の末裔らの墓きよらに並みをり

手入れされし棚田をほむれば守りゐる老農は先をしきりに案ず

金原の古代製鉄の遺跡なり炉跡は雨に朱鮮らけし

山中の観音堂を訪ふ人も絶えて山路に姥百合幾本

里人ら秋に演ずる村歌舞伎作州訛の茶利いれ笑はす

 加藤 郁子 作品集