娘婿の鋤きてくれにし菜園場に朝の空気を一ぱいに吸ふ

幼日に孫喜びしかき餅を小包の隅にそつと入れ置く

初めての注連縄作りの講習会隣村より講師を迎へて

戦争を知らぬ孫ゆゑ軍服と同じ色なるズボンを履きをり

血圧の安定したるを良しとして長野への旅に胸の膨らむ

「ぜひ来てね」と運動会の招待状曾孫あかりの文字の凛凛しく

村内の人に叱られ褒められて成長したる日日温かかりき

何事も自由になし得る身となれど動かぬ手足よ老い深き身よ

八十路までの夫と描きし人生を一人歩みてはや十八年

久久に帰り来し姪いそいそと竹の子掘り来る三つ葉摘み来る

幼より編物好みし我なれば小物数数編みて遊びぬ

久し振りに囲碁ボールに興ずれば手元の感覚もどりて来たり

向う山の緑は日に日に濃くなりて遅咲きの桜浮き出づるがに咲く

プランター一つに種蒔くだけなるに病めば寂しきか夫は我呼びき

手作りのこんにやく料理並びゐて午後の半日笑ひて暮れぬ

兄と姉三人で旅せし山陰を思ひ出しをり雨降る今宵は

欲張らず我の歩みて来し道を歌に詠み継ぎ自分史とせむ

我の手を取りて涙をせし人に今年も会へるや明日は敬老会

菜園に術後の足を庇ひつつ野菜植うるを夕日が包み来

「あやあや」と隣の幼駆けて来るしつぽ振りゐる犬に笑みつつ

茸採りて山に遊びし若き日を言へば輝く卒寿の友も

野菜苗を箱に二つも置きてあり友持ちくれしや我は弾み来

友と来て久久に逢ふ我が歌碑の文字を追ひつつ吾子を想へり

よもすがら雨は音なく降り続き憶ふは夫の病床の日日

二日目に小包着いたと姪の声今夜は栗飯炊くとはづみて

鹿食みて丈の短きコスモスの花揺らしゆく祭御輿よ

遠足の野ばら群れ咲く草原の我らの歓声響きし幼日

送り来し友の手編みの足袋カバー廚にぬくし外は粉雪

二人きりにてぽつりぽつりと子の言葉大きく広ごり我を包み来

濃き緑淡き緑を織りなして宮山は今秋への装ひ

初めてを作る喜び知りし子は夜明けを待ちて菜畑に急ぐ

八十の半ばとなりて我が一世を振り返り見む歌に詠みつつ

その父と犬を見に来し二歳児はアヤーアヤーと呼ぶ「パパ」に隠れて

ふくよかなる筍掘り来て作り呉れし母のばら寿司まろやかなりし

腹割つて話して見たし獣らと何を植うれば君らは食はぬか

日だまりに犬の頭を撫でやれば猟犬労ふ夫浮かび来ぬ

春来たらば「みまチャンネル」の来ると言ふ如何に刈りやる花壇の高岸

落葉もたぐる草の命を踏みながら味噌汁の葱採りにと急ぐ

男の孫のみやげにくれにし萩焼の小さき花器にさざんくわ笑むがに

好みゐし白きわびすけ供ふれば「針魚は来ぬか」と夫の声する

無事なりしか小さき足跡無多あり檻に入りしは我見ぬ猪か

愚痴言へる人のあれるは幸せか二人の媼を夕日が包む

苦笑ひしてゐし父よ桜折りそれを担ぎて踊りし人に

男の孫は胸の扉を開けくれてゆつくり未来の夢を聞かすか

淡雪の降れども降れども解けゆきて春めく庭にひよどりの鳴く

雪積り昨日も今日もかきもちを作るか子らの好み思ひつつ

はるばると雪被れるを見に来しに蒜山三座は墨絵の如し

学園の文化祭にて並べある料理に孫の苦心作あり

「おいしい」と小さな声で言ひながらスプーン一ぱい掬ふ曾孫よ

道の辺に今年も咲きぬおしろい花を蒔きて逝きにし友十三回忌

病む息子に千羽鶴折る日の続き無口となりゆく米寿の従姉よ

生れし地の土とはならむ我なれど何時まで続くや日だまり恋ふるは

昨日からしきりに羽ばたきして鳴きし雉子はいづこに雨をしのぐや

在りし日の笑顔思ひつつ佛前に煎茶と供へむ蓬饅頭

雪舞ふも鵯の声かしましく菠薐草を忙しくついばむ

茸生ゆる山の松の樹枯れ枯れて細き松茸三本のみ生ゆ

野の花も木の実も獣も緑葉も我を温む我住む村は

むきやりし栗と白米数多入れ子らへ我が家の秋を送るも

梅雨近く山田の岸にうつぎ咲き笑顔の母の浮かびては消ゆ

「野菜苗取りに来いよ」と呼ぶ友の小高き家には雛罌粟の咲く

護摩たきて村内安穏祈りをり煙は若葉に吸ひ込まれつつ

声高くもぐらくはへて戻る猫得意な仕草で獲物を弄ぶ

村はづれに翁育てし八重桜満開となりて村人の宴

夕映えの丘を下れば深き谷一気に闇が押し寄せて来る

村中が総出で花壇の草を刈る水仙咲く日の近づき来れば

大切なる物をひそかに仕舞ひしは母の形身の木口の袋

友逝くを受入れがたき日日流る母の如かる瞳なりしよ

雑木を伐れば花壇の浮き出でて如月の雨に水仙咲き初む

友一さんが逝きたる今日は眠れざり熱く語りし町政談義よ

会ふ事ももうないだらうと想ひつつ笑顔の友を明るく送りぬ

夫在りて友らと行きし鏡野の雪降る山に恋ふる冬来ぬ

大阪より従兄弟ら来るとてやまの芋掘りて待ちをり好物なれば

久久の雨降る音に安らぎて種蒔く場所を思ひつつ眠る

車での最後の旅に出て来たと押し車押す友の明るさ

猪よけのトタンの下に穴掘られ今朝はカボチャとジャガ芋消えをり

この山の鶯村のボスが鳴く太き声して村治むがに

さざ波の湖面に浮かぶ遊覧船に老い我らだまりて桜見てをり

後取りの生れしを祝ひし我なりき息子は町に家を持ちたり

散歩する犬と我とは老い同士日向に休みてはとぼとぼ歩く

人生を鴛鴦のごと生きられし夫婦の姿我は忘れじ

年年に集まる友どち減りゆきて会ふ日約さず別れて来たり

燕狙ふ青大将が宙を舞ふ棒振る翁の渾身の力に

眠る姉に奇跡起こるを祈りをり相談したき事多かれば

卯の花の咲けば想ふも村人と多勢で遊びし勝田の山を

撮りくれし青年の笑顔にあやかりて夫との笑顔の写真が残る

水仙が峡の谷間を黄に染めて媼の夢を広げてくれぬ

貰ひ来し花だんのブロック真直に糸引きながら組立つる媼

南風カーレースの音を運び来て雲の増しゆく今宵は雨らし

八十路来て道辺に植うる紫陽花よ生き永らへよわが命継げよ

たわいなき我の語りを唯笑みて聞きゐてくれし夫は在らざり

小春日に友とはぜの実とりをれば「師走に蒔けよ」と言ひくるる翁

亡き兄のこよなく愛ししこの庁舎紅葉する庭よふるさと祭りよ

我なりにその日その日を歌にして楽しみゐる日日何時まで続くや

八十と浮びしケーキの蝋燭を消せば家族の拍手おこりぬ

人人の温もりもらひて生きる今「幸せですね」と声かけくるる

高岸にあぢさゐ植うる計画を仲間と話しつつ憩ふ一時

久久に逢ひたる我を母のごと迎へてくれたり親亡き従姉妹は

ナイヤガラへ強く誘へる子らありて無理と知りつつ心の揺るるも

逝きし兄にバレンタインのチョコレート供へてくれし村の媼よ

その父の遺骨を抱きて帰りしは一人身ならむ広き屋敷に

昨年と同じ数だけ書く賀状変らぬ筆跡達者で年越す

引越せし幼の部屋に明かりなく幸せくれし日日思ひをり

焼き芋の熱きを兄へと持ちくるる隣の人の目我にも優し

手入れされ四季の花咲く老いの庭に鋏の音の消えてしまいぬ

いつもより甲髙き声聞え来る鹿も青春真つ只中か

八百瓦にて生れし曾孫二本の歯見するを抱けばずつしり重し

誰が事も良きも悪しきも受け入れて家納めゐし母想ひをり

年年に集う友ら減りゆきて会う日約さず別れて来たり

山崩れ道路を埋めて田を埋めて河原となりし田に立つ農夫

寝たきりの姉とはなりてはや六年生きゐてくるれば逢へると姪言ふ

幼日の通学道は荒れ果てて夕日沈めば狐泣き初む

ためおきし言葉取り出し並ぶれど「ちぐはぐです」といふ師の言葉浮かぶ

病む夫が時計外して我の手に渡したりしか十年を過ぐ

恵まれし人との出合ひを謝しながら友と学ぶも歌の深きを

種蒔きて育てしはぜの紅葉を送り来よとや友は電話に

奥山に耳を澄ませば聞え来る細き甘き音子を呼ぶ鹿か

宝物見せに幼は駆けて来るバッグに一ぱい玩具を詰めて

背を撫でて「元気で居れよ」と言ひし子の車は小さくなりて消えたり

鳥除けの光るテープが張らるる中に群れて小鳥は稲田へ降りる

恐れゐし八十路の大坂越えたれど何も変はらず忙しき日日よ

朝日浴び夫婦の雉の遊びゐる野菜畑に我は種蒔く

「お母さん」と我を呼びゐる媼らとマリーゴールド賑やかに植う

春立ちてよもぎ芽ぶくもせつなかり「旨い」と言ひゐし兄は在さず

怖がりの兄は逝きたり寒き朝摩れどかへらぬままに

谷あひの杉の古木の天辺に白鷺一羽凛と止れり

真夏日の青き稲田を渡り来る風はさやかに我を吹きぬく

秋祭り太鼓の音に集ひ来てはしやぐ幼よ杖持つ媼よ

びっこ引き疲れて帰る子のあれば早仕舞ひして夕餉の菜を切る

臥す姉を呼べば細き目少し開く唯それだけで我は満たさる

八重桜の花の絨毯踏みづらく足浮かせつつ墓地への道行く

クレーン車の先には人の吊られゐて大き木の枝挽き始めたり

眠る姉に伝へたき事多かれど話せぬままに今日も帰りぬ

友持ち来し熱き甘酒呑みながら仲間と語るか春の花壇を

人々の無償の愛に謝しながら今年も生きたし花を育てて

夕日受け四屯トラックがゆるやかにわが蕪積みて山道を下る

紅葉せし雑木林のトンネルを抜けて上れば我の蕪畑

「旨いなあ」童顔見する兄在りて今宵は茄子の山菜煮を炊く

初物の蓬饅頭持ち行けば兄は煎茶で我をもてなす

村人は蕪の安値を忘れしごと晴れ晴れとして御日待祝ふ

幼日と同じ呼び名に呼び合へる同窓会よ後幾度か

ワイキキの紺碧の海白き空あはひに浮ぶは島の如き船

背比べをずっとして来し中二の孫は並びて立ちて笑顔で見下す

七十年睦みし人を葬る道ひらきてかなしき百日紅の花

両足も腹部も手術し今を生く気遣ひくれし夫逝きし後も

口だけは年をとらぬと友の言ふ我も同じと二人で笑ふ

柚子も熟れ柿も熟れたる隣家の夫婦は入院人の声無し

今日も来て柿をついばむ二羽の鳥明日で終りよ残りは三つ

海老を入れ強火で作る焼き飯は孫の得意な料理の一つ

冬日背にはうれん草摘む我の上を鵯の群せはしく鳴きゆく

ガラス戸に当たりて落ちし鵯は掌に温もりを残して去にぬ

芭蕉登りし梅ヶ塚建つ山路をは我も登りて日の出待ちをり

立ち昇り紅葉の高原流れ来る濃き霧の中我は蕪引く

透明の器に浮かぶ夏草は色さはやかなり少年の作

百歳の老婆は語る宮山に宮在りし頃を昨日の様に

楽しみつつ通うこの道ふと思ふ栗熟るるころ熊が来ぬかと

四十人肩寄せ合ひて来し村に今年三人も召されて逝きぬ

作文に我を書きたる中二の孫幼に見てゐし我を恥ぢをり

柿の実の紅く熟れたる一枝を狸に残さむ今夜も来いよ

庭石の上に納まる寄せ植ゑの梅の蕾よ雨にふくらむ

縁側で髪を洗ひて爪を切り日向ぼこして帰りし母よ

七十路の息子を葬るその母の泣きくづるるか椿散る庭に

幼子が真赤な苺抱へ来て「おばちゃんどうぞ」と満面の笑み

もう一夜帰りて寝むかと待ち居るに何処で眠るや小燕幾羽

気のつけば孫を気軽に褒めをれど子は褒め難しよ我が性にして

草枯しすれば俄かに曇り来て空を見上げつ二時間待てよと

隣り人の久し振りなる外泊をちまき作りて我も待ちをり

道の辺の秋の花壇を想ひつつ葉牡丹の苗に追肥やりをり

八年前逝きにし人の蒔きし種継ぎ来て今年もおしろい花咲く

「母さんが作つたのよ」と幼子のさし出すドーナツまだ温かき

北風より身を守るがに冬野菜地に張りつきぬ葉を縮ませて

「渡田花壇」の看板二つ目掘り給ふ翁はさらりと奉仕だよと言ふ

朝まだきを遇ひし子鹿は引き返し峠の道を霧に消えたり

友に送る宅急便に少しづつ品数詰め込む野山のものも

終点の近しとこの日も言ふ友の好める餅を送らむとぞ思ふ

霧纏ひ茄子の花咲く菜園に西瓜の雄花一つ咲きたり

曇りゐて青葉を揺らす風そよぎ最高なれる薯掘り日和

コスモスの柔き芽を食む鹿奴らよ目抜き通りは残してほしかり

咲き初めしコスモス添へて歌一首贈りてやりたし嫁ぎ行く孫に

夕映は明日の幸せ約すがに山も菜畑も残照の中

盆柿を幼馴染が持ちくれて分け合ひ食べし温き幼日

昼なるに無気味なるほど曇り来て家震はすがに雷一つ

 有元理嘉子 作品集