薄雪が手もとの灯りに照る道に今日一番の足跡描く
薬剤をまとふゑんどう蒔きゆけば紅色ほのかに染まる指先
秋野菜のすべての種を蒔き終へて「雨よ来いよ」と雲行きを追ふ
一リットルの冷茶一気に喉をゆく埃たつ畑耕し終ふれば
ひまはりは真昼の照りにはり合ひつつ黄の大輪咲かせて悠悠
みどり増し株の間合もうまりきて茂る稲葉を反らす雨降る
田に暮れて夕餉の支度慌てれば鍋に煮えゐる切りさしの芋
ほんのりと稜線染まる明けの空に光残せる星二つ三つ
梅が枝にほころびかけてはや五日開かぬ花を北風がうつ
ジャガいもの種子山積のトラックがJA広場に荷を広げたり
またひとつ歳を重ねしこの朝我に年頭の所感など無し
正月に正月までにと多忙にて迎へし正月かけ足でゆく
わがゆけば紅葉はらはら舞ひ降りて橡(くぬぎ)の山路はかさこそと鳴る
幼子に肩たたかする若き母ふれ合ふ二人にわが凝りほぐれぬ
「ありがとう」息絶えし母の法要はその生きざま讃へて終る
末に賭け育てし檜山売れぬ樹に五十年の手入れがふつふつ浮かぶ
ひと日にて「豆の土寄せ」終らむか目薬一滴さして起き立つ
歯切れよく沢庵食ぶる九十三歳は車の運転もパソコンもする
ばりばりと凍てつく闇の雪踏むは新聞おきゆく人の音なり
着ぶくれてほんの気持と老いどちは駄菓子の袋をそつとおきゆく
黒豆を選別したとて安値なら出荷見合はせ友に分けやる
われ宛の封書にときめき開け見れば敬老会の招きなりけり
おとといもきのうも今日もと晴れの日の洗濯三竿がからから踊る
三間の軒端を埋め朝顔は咲きに咲きたり屋根をもしめて
彩りよく並ぶ四つのおべんたう花見るごときわが家の朝なり
こぼれ実がぐろのごとくに生えて来て紫蘇の香りをはやも放てる
霜にやられ再び植ゑる玉蜀黍畑にもぐらおどしのからからと鳴る
笑みゐるかと思へる柩の母の顔「終は始まり」と言ひし母はも
部屋に差す西日の丈が伸びてきてお手玉縫ふ手に揺らぐ温き陽
香ばしく黒豆ふつふつ煮えてゐる厨に春が少し近づく
くしくしと下着が肌さす草の実の刺がさすらし草を刈りし日
雨受けて藍の花毬ゆらしつつ「見てよ見てよ」と紫陽花の咲く
麦熟れて空豆熟れて蛍追ひし子供の頃に思ひ馳せゆく
ばりばりと凍てつく闇の雪踏むは新聞おきゆく人の音なり
着ぶくれてほんの気持と老いどちは駄菓子の袋をそつとおきゆく
黒豆を選別したとて安値なら出荷見合はせ友に分けやる
われ宛の封書にときめき開け見れば敬老会の招きなりけり
おとといもきのうも今日もと晴れの日の洗濯三竿がからから踊る
三間の軒端を埋め朝顔は咲きに咲きたり屋根をもしめて
彩りよく並ぶ四つのおべんたう花見るごときわが家の朝なり
こぼれ実がぐろのごとくに生えて来て紫蘇の香りをはやも放てる
霜にやられ再び植ゑる玉蜀黍畑にもぐらおどしのからからと鳴る
笑みゐるかと思へる柩の母の顔「終は始まり」と言ひし母はも
部屋に差す西日の丈が伸びてきてお手玉縫ふ手に揺らぐ温き陽
香ばしく黒豆ふつふつ煮えてゐる厨に春が少し近づく
くしくしと下着が肌さす草の実の刺がさすらし草を刈りし日
何時しかに目覚めぬままを足もとのふとんをまとひて夜は明けにけり
子や孫の厚き介護に浸りきて咲く向日葵に治癒の日は来ぬ
眺めても眺めてもたりぬ薔薇の花ピアノ弾く音聞ゆる庭に
妹にわれを母かと問ふ人あり今生きをれば母は百歳
百瓩の小豆がたつた四萬円と安き値にうららなる日も曇りて晴ず
時季はづれの気温の高さよ老残の身につのりくる大き不安よ
「ヒデ子さん」よりの採りたての苺前に置き蜜に止まりし蝶の心地よ
肌色の実もあざやかに日は冬至「よいしょ」と割りしカボチャをば炊く
南天の赤き実冴えてたわわなりとけゆく霜のひろごる庭に
しぐれ雲に稜線くつきり描く山に椎の黄色が盛りて幅とる
手造りの素朴の風合こむる鉢盛られし野草にさらにひかるる
好かれもせず嫌はれもせぬ夫婦の日遠きか近きか逝きて二十五年
こぼるるがに白くちひさき稲の花太き穂茎を従へて咲く
策やれやれと火を焚く術から教へやり気長に孫とつくる蒟蒻
穂は和毛さはればふんはり川柳雪水せせらぐ川辺に枝揺れ
夕空に気球の形の朱い雲ちぎれちぎれてちぎれて消ゆる
雪を呼ぶつめたき風のをさまりて街灯にぶく闇に光るも
畑田 土子 作品集