嫁して五十年籠いつぱいに蕗を採り佃煮に炊けば姑の味
山峡に住みて居ながら山知らず今日眺めたり霞む山並み
こつこつと窓のガラスを叩きつつ紋付鳥は尾を振り訪い来
真剣に怒り哀しみ喜びて生まじめにて在りし母の生きざま
飾り置く母の遺影に問いかけぬ「幸せでしたかあなたの一生」
幻の如き一期か訃報聞く蜩の声なほ侘しかり
火取虫が辞書繰る手元を煩はす更けゆく夜は刻刻過ぐるに
独り居の姉より電話よ声ひそめ枝に止まれる鶯を言ふ
山脈は黄砂かすめど勝山の商店街なる雛まつりこそ
世は移れど老い母の母校にわが孫の赴任するとぞ涙ぐみたり
たどたどしく百人一首を読む孫らに囲まれ時の過ぐるを忘る
「かぐや」より青い地球を眺むれば美しい星国境は無し
確り者働きものの母でした今は「ホーム」で童女となりました
テレビ消し他に音なき長き夜を栗剥く手許のぎこちのなさよ
仰向けに踠くかなぶん掌に拾ひ玉虫色を賞でてゐる我
山よりの夕風涼しき野良帰り夕餉の支度をあれこれ描きつつ
非人道的原爆投下を思ふとき為政者の責測り知れざり
緑濃き山襞縫ひて行くほどに白き仰木は雪崩のごとし
稚苗来て農の日課の始まりて朝の撒水虹を生みたり
一斉に勢ひ付きたる道の草これぞ逞しき命と思ふ
憂き事を包みて待ちてバスの旅繁昌亭にて笑ふひと時も
古の憶良の歌に頷きぬ跳ぶ孫の目は生きゐる宝石
為政者よ防衛庁を省にして忘れ去りしやあの大戦の苦を
初氷が菜葉とじ込むる洗ひ桶陽を受け農婦の作品となる
バレーボールの熱戦にみな拍手して世界はひとつなるに戦争はやめぬ
黄金波うちうつ棚田よ彼岸花咲て極楽浄土となりけり
瑠璃色の昼顔垣根を登りつめ碧き美空に吸はれゆくなり
老朽の蔵取りこはす屋根瓦天保九年と刻みつけあり
窓の外は雪降るらし点滴も遅遅として落つ裡凍つるがに
密やかに樋を伝ふか夜半の雨春愁果てなくわが裡めぐる
愚かなる戦争幾度繰りかへすに心は痛む花花は冷ゆ
小康得て久びさに会う歌の友頑張らないでと励ましくるる
緑濃き傾にまたたび揺るる下真白き卯木今盛りなり
乱舞する群れより離れし草蛍静かに燃やすかあをき命を
荒梅雨に川の流れは広がりて過疎のわが村水音ばかり
姑の生涯厳しかれども大谷廟に骨を納めぬ蝉しぐれの中
陽は落ちて山山すでに暮れたれば鹿鳴く声の谷渡りゆく
甘えん坊遊び盛りのあの孫が獅子まはしたり喝采浴びたり
色あせし芍薬の柔き冬至芽を愛しみつつ土で被ひぬ
門先に小さくなりし雪だるま東京へ去にし孫の置き土産
少子化の波押し寄する過疎のむら村人持ち寄り鯉のぼり揚ぐ
植田には我家がうつり暮れゆきてのどかに聞こゆる蛙の声はも
ヘルメットの下のおくれ毛掻き上ぐるガードマン汗しとどなり女は捨てず
熱中症のニュースしきりぞ猛暑なるに削岩機の音谷に響動もす
熱帯夜に風の道ある田舎家よ星を眺めて時を忘るる
きゐるかなぶん拾ひて掌に乗せれば玉虫色して指を噛みたり
明日があるといちにち伸ばしの締切り日夜半の嵐に停電となる
久久の運動会に日焼けし孫得意満面の躍動に喝采
丹精を込めたる小菊を手折りたり清しき香り佛花にせむと
元肥施し球根並べて土覆ひ厳しき冬越し芽吹く日を待つ
宇宙飛行士は地球に国境線なしと言ふ強国の驕り戦許すまじ
早春の山野巡ればいつせいに萌え出でむとする樹樹のざわめき
同窓会物故者に黙祷終へてよりちゃんづけ飛び交ふ至福のひと時
孫ら去にてゴールデンウイークの置き土産紙飛行機は塀の上にあり
若い頃は節くれだつた母の手よ又来ておくれと出す手小さし
ハチ高原自然学校より孫の便りイラスト入りを繰り返し読む
あどけなさ残る球児の日焼けしてぐんぐん伸びて眩しきばかり
釜田 玉枝 作品集