朝光にきらめきて飛ぶ白鷺はその身を水面に写してゆきをり
北風がわが家の玄関の戸をたたき留守番われの心を乱す
しらじらと夜も明け来るに世の中も明るくなりて欲し年の瀬を
長雨の水が刈田に溜まりゐて蘖伸びて穂までも覗く
刈取りを目前にして大型の台風は来たり大雨を連れ
夜になればカーテン押しつつ入り来るはクーラーにはなきやさしき風よ
初生りの茄子は虫の餌となり我の食べるはその後となる
梅雨さなかのほんの少しの青空が痛む心をやはらげ呉るる
十余年を家族の衣類を洗ひ呉れし洗濯機をば業者は持ち去る
空中に弧をば描きて鵯は着地をしをりわが菜園に
日曜の朝の村は静もりぬ雨をも降ればゆつくりるらし
青空の飛行機雲の数本に我も旅にし出たしと見上ぐ
久久に形見のマフラー首に巻けば伝はりて来ぬ母のぬくもり
大粒の雨が路面を叩き付けみるみるうちに川となりたり
孟蘭盆の近づき先祖を迎へむと掃除も常より念入りに為す
瀬戸内に夕日は沈み穏やかに静かに海も暮れてゆくらし
元旦の明けゆく空を見上げをり今年の願ひは転ばぬようにと
久久に元同僚を集むるは遺影に納まる笑顔の先輩
嫌になるぞ「アベノミクス」に乗せられて物の値上がるか食パンまでも
ばらばらと落つるがごとく田の中に降りてゆくなり雀の大軍
教科書を見つつ右の手のみで弾きばあちやん歌つてと「君が代」を言ふ
振り袖を纏ひし乙女の左手は「スマホ」離さず一時たりとも
五千円も野菜を買へば如何程と夫は笑ふぞ種蒔く我を
体力も気力も失せぬこの猛暑に畑の草は茫茫として
「ふるさと」の曲に乗りては草を引く今日の予定はまだまだ終らず
梅雨に入り鬱々とするわが気をばしやつきつとさする鉄線の花
晴れし日は我の脳をもよく晴れて歌もつぎつぎ出でてくるかや
宣伝の葉書を一枚届け呉る赤き「バイク」にて風雨の中を
運転をしつつ脇見をしてをれば「交通安全」の幟がはためく
すぎゆきの無数の悔いは口にせず古希のケーキを目の前にして
身の丈を越ゆるコスモス吹く風に右へ左へ身をまかせをり
来るあてのなしと思へど待ちゐるか郵便物が届けば出てみぬ
のんびりと旅をしてゐる間にも地球は回はり稲は伸びをり
突然に見事に転ぶ醜態を鴉は見てゐる木の天辺で
入院か将又入所か朝毎に出合ひし翁を今日も見られず
道草をしつつ行きしか児童らの小さき靴跡乱れてありぬ
戦争にて命取られし父に問ふ「憲法改正」させてよきかを
十袋の芝を掻き終へ春を待つ畑の隅に積み重ねゐて
十歳の孫は「半分大人だよ」と見得と甘えを使ひ分けをり
疳高き鹿の鳴く音に眼を覚ます神の御告げか吉事あるやも
その祖母に幼は話す絶間なくさながら小鳥が囀るばかりに
気に入りの場所となりしか杭の先にまたしても止る塩辛蜻蛉
気動車が通るころなり踏切に差し掛かるれば渡るを躊躇ふ
この足で一歩一歩と歩みつつ過去は遠のき未来は近づく
アスファルトを破りて芽を出す笹竹の伸ぶるパワーが我にあればと
一人居こそわけて寂しき心地すれ朝より雨の降る音聞けば
幼子の反抗としも意地を張る男孫に無駄にも時取られをり
用一つやつと終ふれどまた三つ用事の増えて終りはなかり
わが村の家並を包む朝霧よ我のうらをも包みてくれぬか
もみぢ葉やさざんか散らす北風がバレンタインパークにさ迷ひてをり
今までに僧侶は何回経を上げしや母の法要は何回目となるや
月巡り季節も移りてわが歳を更に重ねぬ誕生日の来て
赤々とこぼるる程の花をつけ重重しくも垂れ下がる萩
盆客の一人もあらずにのんびりとをりつつ何やら手持無沙汰なり
恵美坂ゆ見渡す棚田は大き田も小さき田も田も青青とあり
何一つ人に勝れるもののなき我も生きねばならぬ明日あり
氷点下の今朝はパリッと割れさうな硝子のやうな澄み透る空気
一年の汚れと邪気を流すためながなが浸かりぬぬるめのお湯に
鼻の奥がツーンと痛くなる今朝も息子は勤めに出でて行きたり
トンネルを脱け出る毎に日の暮れの濃くなりてゆく米子道かや
彼岸花の莟の並ぶ畦道を歩きて帰れば梨届きをり
あかりちやんははにかみとも見ゆる笑顔にてわれのもとからママのもとへと
雨雲を北へ北へと押し上げて待つ雨降らさぬ風の徒
念仏を唱ふる最中に早送りをしたしと念ず痺れがきれて
折り紙の折り方示す絵を見つつ指を動かし脳働かす
セーターをブラウスに替へ今朝は行くすみれたんぽぽ咲く「しうね路」を
朝なさな玉子を「コン」と割る音に息子は覚むるか部屋より出で来ぬ
何事もなき日がつづき何事も考へずして流れゆく日日
竹帚で掃きたる後の庭のごとスーッと引かれし筋雲並ぶ
幼子は覚えてわれにもう一回とせがみて歌はす「どんぐりころころ」
どこまでも真澄める空に電線が伸びゐて青き五線紙のごとし
食べきれぬと分かつてゐても茄子胡瓜トマトの苗を大量に買ふ
散歩には毛糸の帽子もマフラーも不要となりて聞くはケキョケキョ
ひと時にぱつと咲くことおさへつつ遅く咲き来る垂れ桜よ
青青と我が田の稲は伸びて来て穂も出はじめぬ白き花をつけて
初孫の誕生を知らす姉の声明るく弾みて歯切れはよかり
昨日まで空家のあしが忽然と跡形もなし更地となりて
一日の勤めを終へて疲れゐる息子の横顔盗み見てをり
ハンドルを握る我をば叱りをり己の運転を過信するなと
顔洗ふ水のやさしくなりてきて畑の草の緑冴え来ぬ
藁を焼く煙よ昇れ天の河原の万の神にこの香届けよ
西明りが我の心に入りて来ぬ淋しさからまる光となりて
人住まぬ家の斎庭に来て遊ぶすすめ一家がこの家守るか
日の暮れの速まる師走は早早と夕餉もすませて歌を詠まむか
山鳩の鳴く声高し午後三時遠くで雷の鳴るも聞こえて
幼日に遊びし場所を姉さんと話せば出でくる古里の地名
過不足なく伝ふることばの難しと人の話を聞きつつ思ふ
背なかにも浮き立つ楽しさ滲ませて旅に出で行く夫を見送る
今はやりのB級グルメの「ホルモンうどん」の幟はためく英田の地にも
深夜まで姉と語りてそれぞれの柄を言ひをり防空頭巾の
西空の雨ともならむ雲行きに菠薐草の追肥を撒きをり
歯切れよき今朝の鴉の鳴き声が元気を出せよ力を出せよと
母の読む口調には遠く及ばねど百人一首を孫に読みやる
「江見小」の児童らわれの開く本に吐く息弱めて視線を強む
蜩を一人じめにして聞きながら急なる江美坂を今日も越えをり
背も丸まり腰も屈みしわが体されど丸くはならざる性よ
みどり濃き桜の下に吹く風のやはらくしてわれを包み来
批判にも忠告をにも耳かさず核実験す己が国流にと
強風に桜の花びら煽られて我の裡をも弄ばれて
道の辺に投げ捨てられし塵の中に菫の花がしつかりと咲く
過疎地なるわが村なれど通勤の車は途切るることなく行き交ふ
裸木の連なる山は冬の色枝の先まで霜を被りて
霜晴れのやはき日差しを背に受けて畑より仰げば白き月見ゆ
発言の穏やかならざるその人を思へばわれをも省みるなり
重き足を前に前にと踏み出せば裡なる重みも押し出しくれぬ
昼たけてあわだち草の立ち並ぶ岸辺の傾りの帯なす黄の色
日の暮れを客の乗らざる気動車の見の淋しきに目を逸らしけり
朝顔の色水ジュースが並びをり孫の去にたる表の縁に
梅雨明けを待ちてはをれども空梅雨の今年は雨の降るをひた待つ
一両のオレンジ色の気動車の走るが映る青田の中に
数冊の絵本抱へて幼らに読み聞かさむといそいそ出で行く
差してくる春日に日焼けを気にしつつわれは畑の草を引きをり
かまびすく鵯鳴き立つ道行くか夫のとがり声より逃れんと来て
降る雨に未だ溶けざる夕まぐれ枯野の雪に映ゆる残照
わが心しずめむがために歌を詠むつたなき歌にもこころやすらぎ
どことなく日に日に山の色変はる空の青さも日に日に深まり
船内で昆布わかめに海苔買へとすすめてをりぬおうな媼はしきりに
前を行く岡山行きの大型バスはたった二人を乗せて走るか
白菜の上を二つの蝶が舞ふ手で追ふわれを弄ぶがに
すべきことの多きがわれを通せん坊一つ一つを熟してゆかむ
不気味なる濁流の音はゴーゴーと鳴りつつ闇夜の静寂を破る
倉敷や高梁市からの給水に親族の命たもたれてをり
家や田を荒らしに荒したその雨を降らせし大空今日は晴れをり
今日もまた未来へ向ひ歩を進め過去は見ずして前へ前へと
少しだけの娘のことばと気使ひにひと日の疲れがスーツと剥がれぬ
踏み締むる一歩の先は未来なり踏み出しし一歩は過去ぞ息子よ
旅の宿に上げ膳据ゑ膳ふんだんに馳走を食べてまさに天国
人の声の絶えて聞こえず鳥の鳴く声のみひびく老いらのわが村
わが庭の松の上枝に来て遊ぶ小鳥の鳴く声我にも遊べと
裏山に栗の木林に栗二つころがるその辺に竜胆の咲く
刈り取りの済むまで待てよ台風よ絶対来るな雨も降らすな
「きれいじゃな」と翁に声を掛けられて視線を追へば夕日に納得
墓掃除終へて裡なるもろもろも汗と一緒に流れてゆきぬ
空の青みどりの風にそよぐ葉よ梅雨の晴れ間の癒しの空間
「泥棒が脳に入った」と貞子さんわれが泥棒になればよかった
墓掃除を子の休日にと宛がへばその日は雨降り流れてしまひぬ
屈まりて鍬振る翁の丸き背に小春日やさしくそそぎてをりぬ
戒むるわれと甘ゆるわれがいていづれも己いづれも亡き母
亡き母の好みし花の朝顔が二十にあまりて今朝を咲きをり
爺婆の保育参観に招かれていそいそと行く二時間かかれど
「メイク」してうらじや踊りに「頑張るぞ」と出て行く孫の満面の闘志
メールという手軽な手段はあるけれど手紙で送る礼状だけは
猪よ耕したるや夜遊びをしたるや田圃に数多の足跡
久久に畑を見舞へば青青と覆ひて茂る大犬のふぐり
雲間より時折射し来る日の光鋭く我を咎むるがにも
数多なる小鳥は忙しく移りてはしきりに囀る葉籠の中にて
夕暮るる西べの空にうす雲が茜色して淋しき光引く
いつ時も休まず手足を動かして触れては遊ぶ孫は三歳
キャッシュカードを使へず椅子に座しをれば「いらっしゃいませ」が幾度も聞こゆ
白き花地蔵のめぐりに咲きほこり飾りてくれぬ供花はせずとも
我が前を通り過ぎ行くゆりちゃんはオーデコロンの香りを残して
ものほしげに見上げ見上ぐる野鴨らよ我も腹減る夕暮れ時よ
冬枯の野に敷く霜は白白と朝日を受けて光を反す
屈この秋は再三四来る台風あちこち荒らしもう沢山だ
誘はれて始めたコーラス気が重い音も拾へず募る後悔
稲刈りに「トラちゃん田んぼ」賑はひぬ老若男女馴れぬ鎌ふり
秋の日の木洩れ陽浴びてあたたかし冬目前にひと時の暖
つぎつぎと災ありし申どしよ酉どしこそは吉事あまたに
白白と霜をかぶりたる草の芽よ伸びむとするか止めむとするか
一輪の蒲公英の花陽を浴びて黄色の花びら八方へ開く
裸木の梢ほんのり朱に染め新芽が丸く膨らみてをり
さはさはと流るる音に誘はれて覗けば鮠が群れ泳ぎをり
列なして並ぶ早苗のゆるる上燕が一羽低く飛びをり
梅雨晴れに「トラちゃん田んぼ」の田植ゑ終へ「虎とももっち」水田に成りたり
ころころと笑う男孫の声きけば解らぬ我も厨にて笑ふ
鈴なりに赤く熟れたるミニトマト毎度食べれど二人には余る
草も木も日毎に黄の色増し来るに秋のそぶりも忙しくなりぬ
道の辺の若き柿の木の天辺に残し置きたる守り柿一つ
今は亡き笑顔の姑が甦り我を気遣ふ今朝の夢にて
園庭の落葉両手でかき集め「焼き芋するの」と燥ぐ園児ら
尾の長き小鳥の名前をわれ知らず胸の白さが際立つ小鳥
春めける日のさす縁の座布団に座りてわれは新聞を読む
舞ひ上る花から飛び立つ二つの蝶もつれもつれて大空に消ゆ
一両のジーゼルカーが走りをり客は一人も乗りてはをらず
灰色の空を流るる黒雲をわれは眺めて雨降るを待つ
いく重にも落ちて重なる古葉の上をわれは歩きて寡黙になりぬ
掌の中にそっと持ちゐしどんぐりを我に見せるは二歳の男孫
春日和を樋端に屈みて紫の小さきふぐりの花みつけたり
雪積る畑の中に玉葱の青き芽が伸ぶ二列並びて
山路来て蕗の薹を見つけたりぽこりぽこりと三つ四つ並ぶを
幼日を生まれ住み居し京の町歌をしたずねて今日は歩むも
ジャガ芋を切り口上に植ゑをりぬ近所の媼に教はりたるまま
種を蒔きやつと出できし双葉の芽いとしき苗よ実れよ瓜よ
今年こそ日本一のタイガースにと田植ゑを終へる「トラちゃん田んぼ」
葉ごもりに鶯澄みて鳴く声を聞きつつ歩く江美坂峠
兄弟か親子か四五羽のすずめらが一度に寄り来て一度に飛び立つ
笑みこぼしわが田の稲穂も出はじめたと声弾せぬ農なる夫は
草刈り機使ひこなして畦草を刈る夫凛凛し若くも見えて
両肩を孫の小さいその拳でたたいてくれぬ歌に合はせて
おだやかにならざる我は大声で叫びたくなる大空に向け
待つ五分の長きを思へど一年はあつといふ間よ老いゆくばかり
山畑に列なし並ぶは茶の木なり海田の茶園の手入れよろしく
この世での我の未来はあと僅か過ぎ去りし日日の多くなり来て
耕されし田に足跡の数多あり昨夜も鹿めが遊びに来しかや
高校生を迎へに行くのか姫新線の二番列車は二両を列ねて
新しき着想なきかと目を凝らし脳はたらかせ恵美坂登る
朝顔も早早にして萎れゐてこの猛暑にはわれも萎れぬ
澄む空に真白き雲はふんはりと綿菓子としも歪にふくる
すてられぬ性を持ちゐる我なれば出してはみても又仕舞ひをり
無防備のままに口をばあんぐりと開きて寝ころぶ診察台に
新田 千晶 作品集