わが庭は菩提の山を借景にもみぢたけなは悦に入りをり
高照峰一日雪におほはれて頂き見えず小雨降りつつ
何処から吹かれて来しや桐一葉青さ保ちて庭先にあり
働く事われの取得と思ひつつ老いには勝てぬ悔しさのあり
生ありて今年も背負ふ草刈機薫風ほほに心地よきかな
冬の陽を仄かに温く手にうけて太く重たき大根を抜く
屋敷跡のたらえふの大樹かぜに鳴るいとほしき者呼ぶが如くに
夕つ方蜩の声はたとやむ草取りやめよと促すごとくに
わが裡に何か華やぐ時ありて節黒仙翁庭に咲きをり
櫟の樹の上枝に青鷺見え隠れ鳴き声かしまし巣籠り居るか
柿若葉を透きて光の踊る下育てしキャベツの苗を植ゑをり
六十四で逝きにし父の無念はや我は八十四生かされゐるに
桜前線早まりゐると予報あり不況の世にも花は拒まず
味しむる蕗の薹味噌ひなびたる母の味にて早春の味
我は今己に勝つ事それのみが支へとなりて夫との明け暮れ
左佐用右倉敷の道しるべ埃に塗れて三叉路に立つ
玉葱をマルチの穴に植ゑゆけば伝はりてくる土の温もり
少しづつ体力もどりて仕事する意欲が湧き来ぬ秋も深まり
考へを少し変ふれば人生も何とかなるかと草を抜きをり
われの為咲くかと見ゆる有すげの淡き黄の花めでゐる我か
田に深く根付きし稲は青青と風吹くままに素直に揺れをり
晩学と思ひながらも歳かさね一首一首が我の生き様
暖かき木漏れ日うけて登りゆく坂部不動の荒れたる山路
先駆けのきびしさ見せて梅の花一輪二輪が綻びはじむ
天神の杜を夕陽ぼどり赤く染め見上ぐる空の白き半月
「その歳では今年はやめとけ稲作り」と息子の友が吾を戒む
塞の神祭れる祠の朽ち果てて神ある事を知らざる邑人
長年を続けし散歩の遠退きて久方ぶりに仰ぐ後山
しづかなる秋の陽浴びつつ蟷螂は草刈るわれに鎌を振り上ぐ
稲の穂の色付き染めておもおもと我の成果を称ふる如くに
空蝉をあまた見たるに鳴き声は一度も聞かず耳鳴りばかり
行者山はるかに望みて手を合す朝の散歩のならひとなりて
残り世の何時まであるかとふと思ふ草刈り終へて汗を拭くとき
心地よくエンジンの音響かせて今年最初の畔草を刈る
うす赤き馬酔木の花に春の風激しく優しく花房ゆらす
日の暮れて宵の明星輝けばくらしのあかり点りはじめる
冬の日を仄かに温かく手にうけて太く重たき大根を抜く
あくせくと追はるる如く働きて農の明け暮れ早も師走に
刻こくと明るむ空と十六夜の月うすれゆく立冬の朝
語り合ふ人も少なくなりにけり隣りも隣りも空家になりて
小春日の真昼の山は静かなり榊取らんと分けゆく山は
仕合せを招き来れよ吉祥草寒さに色増し日日に咲き継ぐ
真白なる後山舟木駒の尾を遠くに見つつ川土手歩く
乢二つ越えて平福道の駅諸味を買へり夫の好めば
とくとくと枕つたはる心音よ覚束なけれど今は生きてあり
ひと冬を越したる畑の土痩せて目立ち見ゆるは小石ばかりよ
八十路にて今年も使ふ草刈機手応へ確かに実草刈りゆく
水湛へ早苗田にはかに広くみゆ茜に染みし空を映して
来年も元気で蒔かむと豌豆や虞美人草の種を採りをり
朝まだき坂部の井堰に立つ鷺は獲物を狙うか微動だにせず
アルバムを囲みて語るか子や孫と盆提灯のゆるる縁側に
忙しさに取り紛れゐし庭なれど竜胆も咲きほととぎすも咲く
重苦しき原子力問題あひつげり孫は三歳保育園児よ
迷ひなく早朝散歩に出でゆかむわれ励ますは我のほかなく
再びは来ることなけむ娘の住める桑名の街の一の鳥居よ
五十年ここに住みても夢に見る我が家はなぜか故郷の家
人ごみの中を歩めば沁み沁みと老いを感じぬ歩を合はせむとして
真向かひの山より夕べ吹きおろす風はやはらかく春の匂ひす
但馬路の春来峠の橅林幹白うして若葉の季なりき
誰も居ぬ雨のひと日を持て余す孫を待ちつつ友を待ちつつ
葉にふるれば指にとびくる雨蛙肌にひやりと青き匂ひす
南天の花ほろほろとこぼれつつ梅雨の晴れまの風のやさしき
逝きし人みな懐かしく思ふ日を大輪の芙蓉咲き出でにけり
コンバインと並びて納屋の奥に古る足踏回転脱穀機
晴れやらぬ心に栗のいが蹴れば茶色に光る実の弾けとぶ
一株の草を残さば数千の種ばら蒔くと急きて草引く
道の辺の休耕田に繁る草枯れてざわざわ風に鳴りつつ
ひねもすを炬燵に和む老い二人戦時を昨日のやうに語りて
苦しみは時が癒してくれるもの山芍薬に芽吹を見をり
裏山の樫の茂みに青葉木莬夜毎に啼きて夏はも近し
弱音吐くことも素直と思ひつつ歳に逆らはず生くるこの頃
妹と揃ひの浴衣で拾銭を父より貰ひし夏祭かな
三合の米を研ぎをり敗戦後を家族九人の飯を炊きし日よ
順番のなき順番を恐れつつ今日もひと日を農に追れぬ
倒れ伏す稲の一株一株を起こしゆくなり人は笑へど
霧の朝雨の朝をも散歩する二十年間気のむくままに
姫路城子にいざなはれ千姫の歴史を辿る落葉ふみつつ
この年も二人しづかに恙無く子らに頼らぬを願ふ元朝
寒ざむと曇りし空を見上げては花芽ふくらむ梅を剪りをり
後ろ手にあたる焚火の語らひに「歳相応に生きよ」と言う友
水ぬるむ水路の底に川蜷のうごめくを見る苗代つくらむ
草刈機今年も使へぬ嬉しくて足を踏ん張りエンジンふかす
雨降らず天気予報は降ると言ふ一雨ほしかり野菜もわれも
雨降らず乾ききったる芋畑に土竜脅しのからからと鳴る
今岡の穴が逧古墳石室より出土せし太刀六世紀のものとぞ
蒔かずとも四季折りをりの花が咲く道路ぞひなる吾の花畑
横山 昌子 作品集