納屋の横を手押車で曲りかね転倒したれば目から火を噴く

元旦に帰りて息子は雑煮をば「この味味よ」とお代りを言ふ

ガーガーと解体工事の掘削の音頭に響きて膝に疼き来

ザザッと雨ヒューヒューと風吹き荒びドンと地響ベランダ落下

三十度を越ゆる暑さが続く日日膝腰痛み食欲も無し

宮参りの優輝乃ちやんはすやすやと眠りて居れば我はそつと抱く

酔止めの薬飲みしに久々の岡山行きに酔ひてふらふら

「生協」の宅配届きてまた今日も卵の注文重ねてをりぬ

春風に桜の花びら吹かれつつ医院へ急ぐわが足かろし

大正琴にて「千年の古都」を奏すれば名曲流る場内は静もり

卒業をしたる孫より電話あり心ばかりのお祝ひせしに

手押車に腰掛け休めば車降り「大丈夫ですか」と問ひ呉るる青年

災ひの年も暮れ行き来る年の春近くあり甥の結婚

一本の綱を頼りてトタン屋根塗り変へ行くは猿わざの如し

米糠の匂ひをかぎて子の猪は戸に体当たりせしが願ひ叶はず

「ワァー」と来て後頭に痛みが走る蜂の襲撃に逃げる隙無く

終戦まで住みし「テグー」よ陸上のマラソン見ずして街を眺むる

目覚むれば窓も障子も開け放ち涼風を入れぬエアコンはつけず

亡き母の好みしエプロン久びさに出せば我にも似合ふ色柄

こはばれる両手にこの先思へども指の運動すれば治るも

幼日や雪降り来れば坂道をダンボール敷きて友と滑りき

初春を祝ふが如き銀世界初雪なれどもわが為に掃く子ら

砕石入れ夏の草引き楽せしがこがらし一号に落葉が覆ふ

長電話もう止めよとの知らせかや好まぬ百足は手の上を走る

入院にて主無き家の石垣にひそやかに咲くは萩の白花

ワイワイと衣装合せに時が過ぎ琴の練習はそこのけとなる

盂蘭盆会の客を送りて片づけをなさむとすれど猛暑に成せず

独り居ににはかに賑はふ畦工事「ガタンゴトン」に上がる血圧

夜の更けを裏庭歩く気配ありさては猿かと息をひそめをり

生れてよりやつと一年隣家のさきちやん拗ねて祖母を困らす

青空に筆書きに似る白線二本ぷくぷく輪になり青に溶け入る

縞入りの葉蘭は大変珍しと友が言ふなり突然変異を

本職は尺八民謡の歌ひ手とぞちくわ笛の音冴え渡りをり

工事前に「液晶テレビ買ひなよ」と簡単に言ふ子は年の瀬に

さささつと柿の木に登り熟れし実を丸かじりしき空青かりき

「わあ猿だ」大声上げし我を見て猿はいういうと高岸を登る

坂道の右に白百合左に萩よ我の帰りを待つがに揺れて

手術せし闘病仲間の彼女から電話かかりぬ風呂で怪我せしと

幼日や雪降り来れば坂道をダンボール敷きて友と滑りき

初春を祝ふが如き銀世界初雪なれどもわが為に掃く子ら

砕石入れ夏の草引き楽せしがこがらし一号に落葉が覆ふ

長電話もう止めよとの知らせかや好まぬ百足は手の上を走る

入院にて主無き家の石垣にひそやかに咲くは萩の白花

ワイワイと衣装合せに時が過ぎ琴の練習はそこのけとなる

盂蘭盆会の客を送りて片づけをなさむとすれど猛暑に成せず

独り居ににはかに賑はふ畦工事「ガタンゴトン」に上がる血圧

生れてよりやつと一年隣家のさきちやん拗ねて祖母を困らす

夜の更けを裏庭歩く気配ありさては猿かと息をひそめをり

青空に筆書きに似る白線二本ぷくぷく輪になり青に溶け入る

縞入りの葉蘭は大変珍しと友が言ふなり突然変異を

本職は尺八民謡の歌ひ手とぞちくわ笛の音冴え渡りをり

工事前に「液晶テレビ買ひなよ」と簡単に言ふ子は年の瀬に

この坂が無くば如何ほど楽だらういやいや坂はリハビリの坂

兄二人と僕ぼくと言ひて負けむ気の女孫も十三乙女となりぬ

精霊花やつと付きしに次の朝やられてをりぬ猪なるか

感染を手洗ひ嗽で防がむかとはいへ避けるか高齢者では

風薫る過疎の村にも五月来て隣家の鯉は大空に遊ぶ

今あるは先祖のお蔭と思へども墓守りの役は日毎に重し

雨止みて手押車で行きをれど確定申告足は重たし

人工の関節入れて一年余痛みの消えたる右足軽し

年越しに家無く職無く金も無き人人あれども我には家あり

新客の去にたる後にぽつねんと取り残されし紺色の傘

宵宮に天神角力の声は消え灯籠おぼろに静かなる村

空澄みて稔りの秋よ我もまた大正琴弾く「恋の季節よ」

防災の日訓練無事に終へたれどドカンと台風総理の辞任

世界中が自然の猛威に晒されをり諍ひ止めて協力をせよ

宮原に熊の出没の放送あり我らの山にも近づく気配す

三時より眠れぬままに五時過ぎぬ短歌浮かびてこれも生きがひ

初春を寿ぎ活くる万年青なり葉先ききりりと空を指しをり

霜降りて静もる庭に万年青の実真中に五個のくれなゐの玉

子供らは長生きせよと言ひ呉るれど日日に弱りし体力如何に

夕闇の坂道登れば隣り家の猪おどしの灯が点滅す

久びさの娘夫婦の墓参にて孫らも集ひ賑はう夕べ

静もれる門田は急にざわめきて白き風舞ひ青きさざ波

腰伸ばしさっさと歩けし喜びに目覚めて足に激痛はしる

「羽衣舞春風」の書賜りぬいつしか我の喜寿とはなりて

子ども等に徳育教へるその前に大人の道徳指導は誰がす

隣家の孫「元輝」君の宮参り空良く晴れて眩しき太陽

金魚ぐらゐと侮りゐるに手指動かずビニールひもに玩ばれては

如月は「着更着」からと言ふ如く今マイナス五度よ我も着膨れ

這ひ這ひをしてゐし女孫も正座して読経をなしゐる夫の七回忌

祖母の年越えて生きゐる今となり坂道登るに三度の休息

秋深む並木にちらほら咲きゐるは雪と見まがふ桜の花よ

梅雨明けには電報来たりき夫あてに「藺草刈り始む是非来られたし」と

五時告ぐる時計の音が亡き夫の足音に聞こえぬ初秋の朝

柿の葉が波に揺られて浮き沈み緋鯉がゆったり游ぐがに見ゆ

宵宮に天神角力とて坂道を登りし子らの声は聞こえず

時どきに子の帰り待つ独り居よ自由のありてこれも又よし

犬のモカ年女とて晴着きて賀状のモデルとすましゐるなり

暗闇に明かりちらちら迫り来て息ひそむれば新聞の音

合併を二度せし我が村作東町から美作市となり旧名残らず 

若き頃蛍光灯と言はれにき今はしばしば点かぬままなり

邑に住む我の役目と今日もまた友の訃報を伝へて暮るるか

向う田の広きが中に老二人さし苗しをるに我を重ねつ

ぽつとんと歌稿がポストに落つる音二十首よりの開放の音

一年余空家となりて静もるを家守るがに白百合の咲く

昼下がり友人宅に人気なく寝そべる猫は青息吐息

母さんの綱引く姿写さんとカメラ構へて探せど見えず

懐中電灯の明りに浮び来る彼岸花群れなす花が怪しく迫り来

庭師なる夫婦来りて幼子の声で賑はふ独り居の庭

小春日に畑を鋤きをり管理機を誘導するがに蝶一羽舞ふ

戦ひを知るゆゑ平和を望みをり世界は平和より遠ざかりゐて

年玉と彼女とでは勝負あり今年は顔見せぬ高二の孫よ

独り居に琴の友来りて盛り上がる稽古の二部におしゃべりの八部

雨にぬれ芽吹きし楓の紅冴えて松の緑と争ひゐるがに

山の巣へひと声鳴きて急ぐ鷺吾も帰らむ亡き夫待つ

五十余年を経てなほ戦時の後遺症飲み水に体を蝕まるるとは

夕風に舞ふ赤芽柳の綿帽子雪降るごとく河に降りゆく

来客の持て成しはまづトイレなり家中一と見せたき所よ

石垣の上より枝を伸ばす萩水面に花の影揺らしつつ

気に掛けて逝きし夫の仏前に石垣工事の完成を告ぐ

貼り紙をすれど効なく今日も又ごみステーションに生ごみの汁

自転車の明りに浮ぶ秋の雨冷たく暗く待つ人も無し

命令ならば行くのみと自衛隊員残る家族の心を知るや

やれやれと雪かき終へて帰り来れば雪山連峰が軒下に居座る

雨降ればひと夜の内に伸ぶる草肖りたしよこの生命力に

雷雨去り小暗き部屋に座しをればかすかに聞こゆる犬の遠吠え

仏壇の掃除しをれば貼紙あり女孫の書きし「おぢいちゃんの家」

草刈るぞそら早よ逃げよ蛙にみみず逃げ足遅きは老いたるみみずか

窓叩く雨庭木を打ちて唸る風暗闇の中に揺らぐ灯火

夕暮れて過疎の邑にも灯が点りひと際輝くガソリンスタンド

台風の後に残れる落葉の山掃きては舞ひては落葉と遊ぶか

目覚むれど離れがたしや床の中この温もりの懐かしさは何

筆持ちて書ける幸せと先輩より水茎のあと鮮やかなる賀状

降る雪の桁違ひなる新潟ぞ不平は言へぬわれの雪かき

四十八字の漢字が並び4苦八苦す三文字熟語の言葉合せに

まじめなる友の板書の「転勤」に青ざめたりしよ万愚節なりしよ

玄関に聞こゆるはずなき夫の声訪れくれしは亡き夫の兄

義歯を入れ一週間の様子見に嬉しさあれど味無かりけり

握手して面白かった又教へてと微笑む児の顔女孫に似たり

 横山美恵子 作品集