すこしだけおしやれして行く短歌の会恩師の叙勲言祝ぐ今日を
来し方の悔の数かず浮び来ぬ土鍋のうどん吹き上がる夕べ
カボチャ焦がしし江見冴さんの歌読みぬ同じことする人もあるかと
祖母の髪を梳きゐきびんつけをぬりて束ねて母穏やかに
立枯の古木にあらぬと吾が身をば思ひつつ今日も畑を這ひをり
戦災者にきびしかりにし戦後にして生まれし吾子は団塊世代
山上の伊予松山城を眺めしは夫征きし日よ戦死覚悟に
野良着を着て泥靴はけばしゃんとして「しんどい」などはどこかへ消えつ
夕焼の空に稜線長く引く山の向うは吾が生れし村
古里の樫ぐろの路荒れ果てて馳け遊びにし日の幻ばかり
右腕も右肩も常にうづきつつなほも右腕を酷使するなり
晴れながら小雪ちらして吹く風よ病後の我に冷たかりけり
亡き夫が好みし呉汁懐ひつつ擂鉢に擂るかしたる大豆
昨日見し木木の狭間の青空を今日は緑がおほい隠せり
若者の笑顔にあひて和みつつ夕焼空を背負いて帰る
いづくにて生きゐいるならむ照り梅雨をあぢさゐの葉に蝸牛はゐず
いつしらに頭の髪はしも降りにはだら雪にもなりたる子等よ
くれなゐの五弁の花びら無造作なるひと日の命やもみぢ葵は
部屋の隅に「もえるごみ」「紙」「プラ」「その他」仕分けて入るる我は消費者
コスモスも紫苑の柄も刈りとりて百日草はふたびの花
春菊は伸びるな蕪ははや太れ息子の帰りは後七日なり
直径五ミリその錠剤の半分がわが肺臓の機能を助くる
二階まで湯たんぽ運ぶ腰さすり毎晩毎晩春を待ちつつ
夕映えに踏むことのなき裏山の落葉の音を恋ほしみてをり
点滴注射の雫を数ふるもどかしさ二時間経てば終ると言ふ
我の目の届かぬ庭に伸びし草「庭の千草」と言ふには憎し
休耕田の草生に啼きゐる夜蛙の声ほそぼそと秋の虫とも
畚一ぱい五銭の駄賃に桑摘を兄と競いき大き山畑に
手の平に一ぱいの水にはうるほへど川一ぱいとなりては荒ぶる
補助軸にちびつこ鉛筆差したればこれは便利だまだ役に立つ
うす闇の庭に群れ咲く花とらのを夕光差して点るがに浮く
亡き夫が好みし呉汁懐ひつつ擂鉢に擂るかしたる大豆
昨日見し木木の狭間の青空を今日は緑がおほい隠せり
若者の笑顔にあひて和みつつ夕焼空を背負いて帰る
いづくにて生きゐいるならむ照り梅雨をあぢさゐの葉に蝸牛はゐず
いつしらに頭の髪はしも降りにはだら雪にもなりたる子等よ
くれなゐの五弁の花びら無造作なるひと日の命やもみぢ葵は
部屋の隅に「もえるごみ」「紙」「プラ」「その他」仕分けて入るる我は消費者
コスモスも紫苑の柄も刈りとりて百日草はふたびの花
春菊は伸びるな蕪ははや太れ息子の帰りは後七日なり
直径五ミリその錠剤の半分がわが肺臓の機能を助くる
夕映えに踏むことのなき裏山の落葉の音を恋ほしみてをり
二階まで湯たんぽ運ぶ腰さすり毎晩毎晩春を待ちつつ
大往生の義姉の若き日憶ひをり三十余歳のゆかた姿よ
ひる下りを急ぎ出て来てカメラ手に浅溝歩く青鷺を追ふ
剪り落されし小枝青葉を掻き集め焼けばじゅうしゅうと命が燃ゆる
空襲に壊れしビルに宿りして夜半に聞きし幼の泣声
薄ら陽に愛想のごとく舞ひ落つる雪は竹薮に吸はれてゆきぬ
血圧上りて動悸の高鳴るに向ひの工場の音が高すぎる
公園の雪やなぎ日ごと白増して病後をいこへば目にまぶしかり
糸切らぬ糸切り歯とはなりにけり百円ショップにて買ふ糸切り鋏
鼻刳を引きて引き出す松坂牛を「食品」などと言ふか人間
緑深き茅むらのなか枯色の去年の尾花が居丈高に見ゆ
玄関に手押車と杖一つ置きて媼の住処とはなる
両まぶた鬼灯ほどにはれ上り視野を失くしつ蚊の毒恐はし
立ちゐるも倒れ伏せるもコスモスは必至に見せをり己が花の色
墓掃除すませて息子は去にてゆく閼伽の水面に小菊浮べて
わが骨を拾ふ想ひに黙もくとたき火の灰の石ころを拾ふ
在りし日の夫が作りし炭熾しさんまを焼くにむせつつをりぬ
幼どちあの子は十五で逝きにしに我は生き来て八十四歳
子のベスト編みゆく手もと老いたれど今だ目数も段数もたがはず
ぱたぱたと払ひて野良着をぬぎ捨てて泥靴ぬぎて一仕事終ふ
横山すみ子 作品集