妹は生前戒名貰ひしとその夫の位牌に並べる赤文字
病院の跡地に見付けし蕗の薹摘みて供へむ夫と語らむ
企業には昇給を勧めておきながら年金を減らすとは何たる矛盾ぞ
すき焼きのメンバー揃ひて葱洗ふ夫の好みし味付けにせむと
足もとにストーブ置いて「龍」を読む部屋の隅には扇風機ありて
法王の「平和は平和的手段にて求めよ」にオバマ大統領は如何に為すらむ
仙台より夜を徹しての盆参り仏間に入りて鼾かく甥
「白洲正子の隠れ家」の旅のいざなひに七日迷ひてあきらめにけり
透き通る鶯の声に弾みつつ墓地の草取る母の命日
見納めと光る富士見るわが三姉妹平均年齢八十六歳
万葉の歌びと真似て楽浪(ささなみ)を眺めて吾も一首を詠まむか
昨年の洪水の傷跡そのままの熊野の川添ひの黄土色の山肌
通れねば有難さにし気付きたりみのる橋工事のいつまで続くや
生きてゐてよかつたと思ふ陶板画の「モナリザ」にわれ出合ひし今日を
いぢめられっ子で転校までせし甥の子が嫁貰ふとぞ不安のはしる
「ウエイデングケーキ」も今は城づくりナイフにあらず切るは日本刀
震災の犠牲者二万余ありと言ふわが美作市人口の半分なるぞ
三週間を術後の妹に付添ひてリズム乱しぬ年の瀬なるに
「ヘアピンカーブ」の裏六甲の登山道右に左に揺れ行くバスよ
送り来しは竹筒入りの粽なり快気祝よ口に蕩けぬ
目覚むれば初雪ふんはり積りゐてふもとの樹氷の目を射す光
ピーマンは下向きオクラは上を向きそれぞれ実りて盆は来にけり
いつぺんで針孔に絹糸が通りたり目の手術よりふた月経ちて
大丈夫心配なしと言ひながら避難を勧むる政府の苦悩
一足のみ遺して置きゐし夫の靴洪水に流さる何処にわが待つ
年毎に漬けたる梅やらつきようの壜並びをり製造日付けて
子宝を苦労の末に授かりし孫嫁の眼は輝きてをり
「美ちやん」と杖を頼りの高台寺ひと皿のだんごも分け合ひて食む
ひとすぢの毛糸操り形なす仕上げをごらうじよ老いのひと日の
春を呼ぶ恵方巻寿司並びをり齧つて見むか総入歯なるも
娘よりのベツドよ鍋よ嫁よりのパジヤマよおでんよこの幸せよ
八十四歳わが誕生日よくぞまあ生きたることよとトランプを繰る
「ローレライ」三番までを歌ひたる母は百歳淀みなくして
老いてなほ赤く生きむと夕日見つ沈む間際に華を咲かせて
わがさ庭のかたへに立てる梶の葉の茂みに涼む夏は来にけり
美ちゃんが退院して来てこの町も明るさ戻る明るき声に
酒と水本土よりよと供ふれど摩文仁の丘の碑の兄応へず
桐の花も藤もそれぞれ紫に上向き下向き咲き揃ひたり
花ももの桃色の花咲き乱れ亡き人見よとや虚空に向かひて
十年前逝きたる夫に賀状来ぬ覚えぬ名にして子に尋ねみぬ
船曳 彩 作品集