忘れまいと一生懸命頑張つてそれでやうやうこの体たらく
うつかりと過してをれば締切がそこまで来てをり「しっかりしてよ」
とつおひつ我が身の行末案じつつ松の枝葉をととのへてみる
雑草も花が咲いたらあいらしいをどりこ草も犬ふぐりさへも
春を待つ我の心が届きしかクロッカス水仙桜草咲く
身に沁みる冬の寒さもいま少し春はそこまでやつて来てゐる
生れしより使ひし頭は空になり躰だけ寒さ覚えゐるなり
生きをれば色気なくても食ひけあり酸素を吸へばガス出放題
年と共に衰へてゆくこの頭八十余年使ひし頭
初めからこんな婆ぢやなかつたのよ我にも娘の時もあつたのよ
花にあるスタミナ我も貰ひつつ花に守られ花に生かされ
朝夕の風が涼しさ連れくれば檜扇の花二三個咲きをり
もう限界この頭では呆け防止もパズルもクイズも無駄な抵抗
リハビリと思ひて外に出て見るもつきまとひくる蚋に閉口
呆け防止にパズルにいどむ老いぼれよあはれなるものと一人笑みをり
我にまだ生きる望みをくれるかや木木の花花草の花花
梅の蕾一寸ふくらみ見せてゐる寒さに負けてこもりゐる間に
寒波来て暖冬言ひしはどこへやら体力衰へ寒さ身に沁む
体調の悪きをぐちぐち言ひながら二〇〇七年どうにか終る
痒いとこぼりぼり掻けば気持よいこれもひとつの私の幸せ
ねたきりになりたくないの一心で動かぬ足を動かしてみる
それぞれに春は鶯夏は蝉鳥にも虫にも季節ありしか
母の歳越して解りし居眠りの心地のよさと歳のいたづら
心待ちに待ちゐし桔梗の花咲きぬ秋の花だと思ひ居りしに
うっかりと過してをれば締切がそこまで来てをり「しっかりしてよ」
今日もまた新しい日が始まりぬ鴉の声に励まされつつ
この世には未練はないと言ひながらまだ求めゐる花や歌など
よちよちと杖にすがりて外に出て花探すのが我の運動
残り世の楽しみ探してとつおいつ詠みゆく歌もそのひとつなり
そろそろと思ふ気持ちとまだまだと思ふ気持ちがシーソーゲーム
伝手もなく知り人もなき病室に唯独りなり幾日を経れど
憂き事や運の悪さはさておいて楽しさ求めて暮らしてゆかむ
現世に二度と来られぬ命ならひと日も長く生きるもよいか
毎日を梅の蕾を見て暮らす花の咲く日はきつと来るから
デイサービスの世話になりつつ「死ぬまでは女」と笑ひて仲間と話す
何も出来ぬ不自由な躰になりたれど命尽くるまで花は我が友
現世に用のなき身となりたれどまだまだ花には未練一ぱい
日を追ひて蘇鉄の新芽が伸びてゆく我の余生を力づけるがに
幸福な人見て羨む愚かもの我には我の幸せもあるに
庭隅にひつそり咲ける金木犀すぐには気付かぬ匂ひ失せし我
八十路越しあと幾許の命なるや日にひに躰が衰へてゆく
来年も生くるつもりか向日葵の種をほしがり貰ひ来し我
「大地の子」見しより脳裡に焼きつきし上川隆也これが初恋
杖をつきよぼよぼ出でて花を愛で鳥の声聴きすくはれてをリ
鴉には鴉の思ひあるならむかほかほかあかあ明かるく暗く
裏山に青鷺の数増えてゆく青葉の枝に花咲く如く
若き日は「おい」と「あのう」で事たりぬ今ではばあちゃんおぢいさんとぞ
若き日の佳き事のみを思ひ出し暗き余生の光ともせむ
呆け防止に習ひし金魚や飾り玉ぶらぶら下げて悦に入りをり
寝心地のよき夜なればうまいして目覚めし夜半を虫の音数多
死するまで仲よくつき合ふ病なりままよ余生は楽しみ探さん
十一月も終りとなれば四方の山紅く黄色く絵模様描く
歌作る才能も知恵なかりしになぜに入りしか歌の道などへ
幾年を生きて行けるや我が人生ふらふらよちよちどっこいしょと
なぜ出来ぬこれ程進みし世の中に我の咳止なぜに出来ざる
自然治癒能力失せし我の手も爪は伸びゆく生きゐるしるしか
この咳と命盡くるまでつき合へと医師に言はれぬ終はいつの日
ぼろ家でも住めば都よ鶯が庭先まで来て鳴きたちをりぬ
厠にて確かに一首作りしにすぐに書かねば忘れてしまひぬ
荒れ庭にも我を慰むる花数多花には花に命のありて
記憶力衰へゆくを如何にせんなすべくもなく成りゆきまかせ
暮れせまりて我の余生は又一つ意味のなきまま年重ねゆくか
八十路坂こしたら歳を一つづつ取ってゆかうと友の名案
さて今日も寒いひと日が始まりぬ頼れるものは病む我が身だけ
病む身にも春刻こくと近づきて桃の蕾もふくらみかける
八十路こし不治の病に取りつかれ死ぬしも死ねずいきいきとんぼ
もうとうに使ひ過ぎたるこの頭使ひ残りは影薄きもの
食べて寝て時々にする花散歩生え来る草には兜をぬぎて
今はただ生きゐることが仕合せと思ひ直して楽しく強く
熱帯夜も影をひそめてこの頃は寝心地もよしこれも幸せ
彼岸花暑からうが寒からうが時期を忘れずちゃんと咲きをり
雨降れば花は水貰ひ我もまた生気貰ひて生き継ぎをりぬ
何につけ消極的なる我にして年重ねても性は変らず
小林 増代 作品集