女の孫のお色直しに手を借すに己が気付きぬ己の笑みに

積む落葉芥子からし茜の渦となり前行く車に引き摺られ行く

一泊のクラス会にてそれぞれのバッグに保険証喜寿のわれらは

秋場所の真上より見る映像に力士はまるで蛙の這ふがに

山の端の木立の隙間に空見えぬ伐採なせば広がらむ空

手や足の力の萎ゆる日々なれば入道雲が唯羨まし

もう何も見えざる闇の窓ガラス梅雨寒の夜を雨伺ふに

わが里に二百八十二年ぶりに見ゆる金環食眼鏡は手製ぞ

空高く伸びたる棕櫚を見上ぐれば葉柄くつきり眼に焼きつく

熟睡の出来ざりし夜と思へるに明けの雷鳴記憶にあらず

旅先にて子等の勧めし人力車引き呉るる人を裡に労ふ

わが里は留守のごとくに静かなり軒端の乾し物揺るるのみにて

月食の細き光の輝くがくつきりと見ゆ視力弱るに

採りたての柚子の香ただよふ湯船にて日課となしゐる腰のリハビリ

十月の「孫の日」知りてメール打つ一度に三人への操作学びて

孫の婚退けば退く程思ひ千々に告ぐれば夫の遺影は笑むがに

八月が来るたび玉音放送をしんみり語る白寿越す母

運転の自信うすらぎ年年に狭まり来る行動範囲

梅雨最中を匂い袋ののかをり仄かにただよふ玄関先に

宵の雪止みて月夜の銀世界のしじまの底に更けゆく山里

手力の弱りゆくさへいまいまし高枝鋏にて梅が枝下すに

採算の合はぬ工事と判りつつコンクリートにて田の畦造る

十冊の三年日記それぞれに捲れば苦楽は昨日のごとし

手入れ終へ雨に勢ふ大根の白く太るに日毎歩を寄す

五十五年青きインクはそのままに嵩低くなりし妹の手紙よ

漸くに猛暑の退くかアイロンをかけつつ稲田の涼風を受く

胃の検査受けつつ気付けば予期せぬに息子は片方に映像見守る

谷川にふはりふうはり蛍舞ふ流るる水面がたまゆらに見ゆ

宙に浮きふはふは穂絮に頼りつつ田の上を漂ふたんぽぽの実よ

天ぷらのこごみと?の芽さくさくと食めば蕨を採りしを懐ふ

和歌山に四年経たるは短かりき教師の孫を夫は見ぬまま

裸木を燃やすがごとき入りつ日に窓も染まりぬ大寒なるに

石臼の粉碾の溝に思へるは母の作りし戦時の食事

年の瀬に温き冬日を受くる日は助け小舟に乗りたるごとし

真向ひに大きまなこと見つめ合ふ山路の鹿の角の凄さよ

鯖雲の合間に冴ゆる名月のかげは踊るか武蔵の湯の面に

災害の荒き爪痕そのままに冷えに向ひて為す術もなし

保全田を我が物顔に雄雉の「ケ、ケーン」と首を伸ばして羽ばたく

生前の夫の所持品引き取りて声なく礼し職場を出づる

手力の弱りゆくさへいまいまし高枝鋏にて梅が枝下すに

採算の合はぬ工事と判りつつコンクリートにて田の畦造る

十冊の三年日記それぞれに捲れば苦楽は昨日のごとし

手入れ終へ雨に勢ふ大根の白く太るに日毎歩を寄す

五十五年青きインクはそのままに嵩低くなりし妹の手紙よ

漸くに猛暑の退くかアイロンをかけつつ稲田の涼風を受く

胃の検査受けつつ気付けば予期せぬに息子は片方に映像見守る

谷川にふはりふうはり蛍舞ふ流るる水面がたまゆらに見ゆ

宙に浮きふはふは穂絮に頼りつつ田の上を漂ふたんぽぽの実よ

天ぷらのこごみと楤の芽さくさくと食めば蕨を採りしを懐ふ

和歌山に四年経たるは短かりき教師の孫を夫は見ぬまま

山茶花の紅花色の雪解けて冬の陽差しにきらりと光る

石臼の粉碾の溝に思へるは母の作りし戦時の食事

年の瀬に温き冬日を受くる日は助け小舟に乗りたるごとし

今の貯金はウェディングドレスここまでと胸まで計りてやんはり笑む孫

谷間をうねりて落つる濁流が村に響けり怒りに怒りて

澄む水に川底白く見えながら水面は木木の緑を映す

年金への質問送りて経る一年赤ペン回答手書きに納得

糸桜夫と愛でたる想ひ出をまたもや花はおき去りにせり

明けやらぬ刻を出で行く息子らよ待ちたる天魚の解禁の日を

機上にて見放くるつ彼方果てしなく青青として青澄むばかり

観劇に疲れし脳裡静かなる夕餉の牛蒡の香にて癒さる

在りし夫を裡に思ふも旅先の暗峠の紅葉の錦に

和歌の浦に沈む夕日を追ふごとく漁船は沖へ朱に染まりゆく

夢に見し夫の面輪は消え失せて真白き歯のみ甦りくる

浮雲の消えつつ生れつつ秋空を風に従ひ何処へ行くや

奥津へと収穫前をいとふ身に緑の渓谷風さやかなり

きりぎりす我の心を見抜くがに手許におつとりひげを動かす

抜き捨つる草に混れる里芋の細き茎をば指にて撫で遣る

仏前に法名唱へ鉦を打ち響き消ゆれば我にもどりぬ

在りし夫と慣れしままに分担し生活なしたる日日の懐し

凍むる道をバリバリ出で行く子の車危惧いだきつつ見送りてをり

春遠かれど睦月に入れば山鳥の声のみ高し二声三声

継ぎ接ぎの糸の垂れたるジーパンを纏ふ若きの流行計れず

朝冷えに昇る朝日を受くる田は霧の如くに蒸気立ち上ぐ

翁見え煙草吸はれし残り香は開け放せども消えざるままに

宇宙より「かぐや」は地球を亡き夫は我が家を日日にちにち目守りてをらむ

晴れありき雨の日ありき亡き夫と分ち合ひたる五十年懐ふ

亡き夫を忘れ果てたく思へども我の心に纏り呉るる

高層のビルより街を見渡せば蟻の行列の如き車よ

軽ろがろとわれを追ひ越す若き足如月の朝を汗ばみ歩むに

白壁の亀は「寿」吐きにつつわが家を見つむ百二十余年を

手に余る水田諦めひこばえの耕さるるを最後と目守る

高熱に必死にたふる夫なれど生ある証と言ふ人はあり

懐きたる幼子温かく抱きしめて頬の餅肌に触れて和める

しんしんと凍てつく朝を雪積みて炬燵に夫は猫と化ろをり

八十六歳にて書きにし賀状の文字太く豊けき筆跡に亡き父偲ぶ

雨あがり櫟の木木の幹の間に低き青木よ春日に照れる

黄昏に一羽の鴉杜に消え遠住む女孫思ひつつをり

山つつじの淡き緑葉日に異にも色深め来ぬ春べの山に

降る雨に椿の葉の上の雨蛙生き生きとして獲物待つらむ

風害を免れし杜の夕されば闇つくるがに鴉の寄り来ぬ

燈籠に羽繕ひせし老鶯は一声鳴きて何処へか発つ

夏山の裾を飛びゐる白鷺はその身に余る姿にぞ見ゆる

女孫より敬老の日に届きたる夫婦の湯呑み有田の青花

 小林 洋子 作品集