本陣に泊りし殿も愛でしかや古木に咲ける紅梅の紅
雨降らぬ熱暑の夜の月の冴ゆ砂漠を行ける駱駝色して
三年ぶり皐月を弄れば見映えよく短歌も言葉を弄らば生れむか
高齢も後期となれば色違へ保険証をも二色使ふ
梔子の尖り実黄金にうれをれば染めてもみたし女孫の晴着
黒豆の煮方の文と古釘も入れたり娘に送る荷物に
山の木の葉裏を返し白波の立つが如くに風吹き渡る
三億の夢は破れて「通販」のサービス券は只の五百円
車駆る脳梗塞の夫の足クラッチ踏むにトンと音立つ
夫臥して吾も臥すれば老老の介護は重く日日過ごしゆく
やうやくに筆を持つ気になりたるか半紙の枚数定めて書くべし
岡山は原発もなく温暖にて住みたき県と人は言ふなり
靴下もズボンを脱ぐのもままならず長期入院から一年が過ぐ
臥す部屋に照りて翳りて終日を舞ふ雪の影障子に映る
放棄地を見捨てて暮す日日なれば生き態晒す如くにもあり
三人の子は宝なり金銀に優ると詠みし憶良に諾ふ
学校の軍需工場で習ひたる手旗と電信役に立たざり
猪熊を生け捕る柵に驚ける息子はもはや東京の人
永らくの無沙汰謝しつつ挨拶の長くなりゆく分家の女
夏空のやうな心に戻りたい病院通ひも日課となれば
骨皮の五尺の躰を置く場所はベッドの上ぞ夏の日長を
水害に遭ひたる友の見舞にと同窓会に募金箱廻す
チューリップ赤白黄と咲き誇り我が家は孫の結婚ラッシュ
天よりの二物貰ひて浅田真央銀板に舞ふ美しき姿よ
若さとは羨ましかり看護師の体温計の音を聴く耳
大声で物言ふ夫よ少しだけやんはり言へぬか耳癈我に
子離れの出来ざる親に親離れしたき子も居り暮れせまりつつ
鳥の字と見れど一本線の無し烏と言ふ字も見えにくき八十路
親として子に対しての教育がこれで良いかと自問してみる
くずの葉の返す裏葉の白くして紅紫の花の小ささ
若者が住めば淀めるこの村も活気湧くらし世間話さへ
九十の翁が「ちゃん」と呼ばれ居りそれで許さるる幼友達
プロレスラージャガー横田も何もかもは出来ぬ事あり「東京フレンド」
遠住みの息子や孫が故郷の親のたつきをいかに見ゐるや
鉛筆でなぞりて書きし母の文明治は遠く古りて行きたり
ヘルパーと市の給食に支へられ母の齢の三倍も生く
二度までも胃カメラ飲みて結果よしと言はれて急に食欲の増す
寝太郎と渾名がつくほど横になり食事の仕度がやつとなる我
老いては子に従へと言ふ諺を「メール」に打ち来ぬ長の娘は
学校の軍需工場で習ひたる手旗と電信役に立たざり
猪熊を生け捕る柵に驚ける息子はもはや東京の人
永らくの無沙汰謝しつつ挨拶の長くなりゆく分家の女
夏空のやうな心に戻りたい病院通ひも日課となれば
骨皮の五尺の躰を置く場所はベッドの上ぞ夏の日長を
水害に遭ひたる友の見舞にと同窓会に募金箱廻す
チューリップ赤白黄と咲き誇り我が家は孫の結婚ラッシュ
天よりの二物貰ひて浅田真央銀板に舞ふ美しき姿よ
この夏の暑さで夫はシャツ要らず日やけし腕が若者を思はす
幼日を石けり縄飛びに日暮れまで遊びし庭も草生ひ茂る
裸木の木群を縫ひて走り行く上弦の月よ何をし急ぐ
大声で物言ふ夫よ 少しだけやんはり言へぬか耳癈我に
子離れの出来ざる親に親離れしたき子も居り暮れせまりつつ
夫と吾互に惚けしを言ひ合へど短歌に書かれれば腹が立つなり
夫の観るテレビはいつもちやんばらと言へば今宵は早早寝つく
父の日は向う山から杜鵑「父っあん達者で晩酌するや」と
七箇所の注射に足が萎えて来て車椅子でも不安なりけり
竹落葉春の嵐にたまりゐて掃いても取れぬ濡れ落葉となる
気力失せいつもベツドに眠りしに元気もどりぬ大草取るほど
高松ゆ夫婦来れば賑やかに我が家の中は春まつ盛り
新聞の我の短歌を読みたしとあの人この人心待ちし居り
人間は犬語も鳥語も話せない愚かな者は人間なのかも
健康なる心に詠める歌はよしわが病み居れば短歌も浮かばず
柱にも垂る木にも成る檜材先祖が見れば焚くを嘆かむ
一雨にて絮毛とりなし蒲公英に似ゐる白髪の我が頭が映る
神木を抱けば元気出でて来て尾根道登る「気を貰った」か
花の咲く金の生る木に金生らせ金で買ひたし若さといふを
ニュートンの法則通りに落つるのか夫の取る柿落下の速し
小豆捥ぐ吾に烏は大声で「和さん阿呆か阿呆か」と啼くかや
心なき人の言葉よ時過ぎて育てし娘に癒されゐるも
父逝きし十月五日は夫生れし日深き縁のあるが如くに
雑草も露を宿さぬ大暑の日七十六回目の母の命日
聴覚の欠けて視覚もなほ欠けて臭覚欠けて短歌も浮かばず
薬でも毒となるかや服薬にて七面鳥の如き我が顔
「盃に一杯だけ飲む旨さ」とは男二人の酒の話よ
原油高にすべての物価値上りし年金だけは減りて行くなり
寝そびれて酒を飲んでは居りませんスキムミルクを飲んで居ります
喉元を過ぎれば暑さ忘れるか寒さ続けば夏が良いなと
いつしかに手孫背負ひて登りをり吉野の山の黒門の坂
厳島にて何企みしや後白河源氏平家を手玉に取りて
同窓の友らに逢へば口口に身体の不調はないかと挨拶
木枯らしの吹きし時より山の木木日毎色づき紅葉散り初む
祖父逝きて五十九年祖母逝きて五十一年我は供養す
天高く肥ゆるは猪や熊ならむ人は慄き柵に囲まる
隣家の樋にひらひら蛇の殻どこが頭でどこが尻尾か
身を焦す恋もありしよ若き日は忍びて対へて告げえも出来ず
夫と吾互に惚けしと云ひ合へど人に書かれば腹か立つなり
マリーゴールドの花びら食べる虫はなし辛い蓼でも好む虫あり
人よりも扱ひ易き花にして嘘も言はない騙しもしない
渡し忘れし土産届けんと娘の家に酔ひどれ乗せて向ふ楽しさ
朝方を伸びゐし腰も夕方は前へ前へと曲がりくる腰
郷ひろみ「強き女」が良いといふ弱き女に二度もひかれて
シベリヤの凍土に眠る同胞の魂に代りて飛ぶか野口さん
我等より吸ひ上げおきし税金に群がる輩よ禿鷹のごと
谷うつぎ山紫陽花と指を差し子や嫁と歩く若杉原生林
極楽の蜻蛉になれぬ秋茜か実り田の上をすいすいと飛ぶ
落ちてゐし蝉を拾へば振りしぼる一声残し飛び立ちてゆく
しやあしやあしやあしやあしやあしやあと蝉しぐれこんなに暑いとしやんとも出来ず
お呼ばれか「登代さん」家の桜んぼ軒端に種を播く鵯よ
限界の集落に見る鯉のぼり老人たちを励まし泳ぐ
遅咲きの桜開きて男の孫はわが待望の医学生となる
黒星の六白金星の厄年ぞ「迷惑かけず達者で」と祈る
出雲路の山蜜食めばほんはりとこの味知るや八岐大蛇
午前五時医大の周りを歩き見ぬ濁り水にも稲は育つを
「雲に手は届きはしない届いたよ」と免許更新す御津センターにて
落ちてゐし蝉を拾へば振りしぼる一声残し飛び立ちてゆく
美しき日本の国はどこへやら年金介護も土に堕ちゆく
パソコンにて惚け防止をと勧めしが視力落ちし夫二兎とも追へず
骨量を測るMRIがこつこつと秒読みで言ふ骨はあるぞと
長きもの見れば蛇かと恐るる吾巳年の夫と添ひきて半世紀余
少子化は教育資金の多額ゆゑぞ納得納得と思ひみるのみ
「耳廃は家族すら気づかぬ速度にて」と金森民治の詠むを諾ふ
酒のあて文句言ふ夫歌に詠むと言へば南瓜のあんかけを褒む
体温のごとく添ひいるコルセット夜も躰に纏ひて眠る
静脈瘤圧迫骨折難聴と不治の病を三つも持つ我
鬱鬱と梅雨空のごとき我の耳晴るれば金の鈴がもらへむかも
生にも死にも深くかかはる桐の木も楝の木をも要らぬ世となる
風強き三星山の頂上の岩に座し見る作州の村
台風で傷みし茄子も味噌煮して夕餉の一品亡き義母に似せて
よたよたになりても蟷螂斧を振り落葉の中にもがきてをりぬ
山越えの村に来れば芒穂の白狐の群れが我を迎へぬ
朴の木で父が作りし下駄履きて通学せしは戦中のこと
二人の子医師に育てて卒寿越す娘の姑の確たる賀状
如月の光は春に近づけど冷たき風が身をなぶりゆく
久方にやさしき言葉の女の孫の声聞こえ来ぬ敬老の日
拉致されし若者達や家族等の苦しみ思ふも四半世紀なる
山鳩の啼く声聞けば重苦し雨を降らせよ蒔きし畑に
紅の掃くには惜しかりきもみぢ葉も土に還る朽ち色となる
山の端の初東雲の薄明く吾が邑ぬちの朝の鎮もり
天平の古き都に残りゐるまほろばの里狭き往来
蚋の群に蚊取り線香も利かぬらし服の上から生き血を吸ふか
家近くに雛を連れ来し雌雉の砂浴みの跡くきやかにあり
朝靄の立ちこむる田にコーラスの指揮者居るがに蛙鳴きをり
「郵政」の小泉劇を見終れば「マル優」廃止の通知来れり
来年の播種の事など話さずに二人黙して小豆を挘る
テレビでは「根性大根」と言ふけれど我が家の根性「チンゲン菜」なり
祝膳のすみて寝静まる元旦をほのぼのとして日は昇り来ぬ
千種川のポプラ並木の裸木に水の花咲く消防の初出
板チョコもハートのチョコも贈らず貰はずわれらの春は寒きがままに
その墓所に榊生ひをり為家は土に還りて名家残しぬ
大ちゃんの出勤前の自動車よ遠隔操作でエンジンふかす
「ありがとう」そして「さようなら」節子さん永久の別れの言葉淋しゑ
試合には勝つと信じしサポーターの青のユニホームからもるる溜息
無人駅の朝の広場は子を送る親の車で混雑しをり
真夏日に炒りつけられて蠢くは三星山の草刈る人ら
よさこいに温羅ぢや踊りに若者の躍動溢れて夏真つ盛り
熊蝉のうるさき声も聴けぬまま転がる骸に八月が逝く
立て坑は山の谷間に忘れられ六十余年の落葉が積もる
叢雲に隠れし月が出でて来て夫に寄り添ふ影がつき来る
幼き日川で泳ぎし泳法ぞ半世紀経てプールに浮かぶ
老二人去年せし作業今年またくり返しつつ過ぎゆく命か
丸み帯ぶる石垣触るればその昔学びし弟子の儒学の温み
ほら貝の僧の吹く音が狼の遠吠えに似て深山に響く
剣聖の生れし柳生は宮本の村より淋し山峡の里
雪つもる山は気を抱きつつ松の木を積むワイヤーきしむ
フォークリフトに乗りて作業する新卒の茶髪の若者いつまでつづくや
雨上りのキャタビラの轍に残りゐる鹿の足跡昨夜を駆けしか
環境の破壊に広がるか感染症原始の暮らしに戻れぬ文明
切幡寺まで三百三十三段なり錫杖を便りに夫登り切りたり
金まみれ物まみれなるこの社会二十一世紀の歪みならむや
朝早く草引くわれに覚めたるか殿様蛙ぎょろ眼見開く
台風は日本海へと抜くるらし朝からざわめく裏の篁
台風の進路予報の起点なる岬の灯台吹き荒ぶ風
押し売りと違反切符で今日の日は悪夢の続き見てゐるやうな
フセインの末路は狭き穴の中大金持ちても使う事出来得ず
松山の椿ホテルの子規の間のテレビに映るは総理の足湯
金鳳花菜の花たんぽぽ野辺の路黄色の花から春は駆け過ぐ
連翹の繁みの中の蓑虫よいつまで眠るか晩春過ぎて
みのもんたの辣韮談談うべなひて小粒なものを漬けてもみむか
加百さんの黒百合の花どんな花「黒部平」で球根買ひぬ
俄か雨の激しき音を消すごとく打ち上げ花火急ぎつつ上る
外科歯科に皮膚科医院と巡り来て今日一日の仕事となせり
老老の介護の重きを時に言ふ同年の友の疲れしを見つ
地球とふ星に争ひ絶え間なくイラク戦終らず未来はありや
休日のファーマーズマーケットには留守居とて立てられし案山子の帽子色あす
雪除けし急なる坂を登り行けば結界見えむか初詣にして
筆あとと墨の香りに溜飲を下げて幾度書を眺めをり
大蛇を見たるは倒れし古木のあたり大崎荒神の砂で浄めたり
三世代暮らせる家か普通車に枯葉と若葉のマークを付けをり
わが送りし野菜美味しと話しゐる中一の女孫よ大人さび来ぬ
赤面の雄雉に吾を見張らせて雌雉は忙しく餌を啄む
合併をしたりし後の旧町舎空き室多く早くもが巣を張る
満月よ向かいの山に住む狸腹鼓打ち見せて呉れぬか
宿野 和穂 作品集