日記をばその日に書かず明くる日に心して書く一法もあり

八十の賜びたるこの病連れ立ちゆかむさいはてまでも

北支派遣一六四九神山隊これぞ予備士官学校なりき

戦時下に東京の書店出版の仏教書買ひき中国の街に

歩み来し跡を残さむさはあれど捨て去ることも忘れざらめや

風呂敷より唐綴の書を取り出し講義し給ひき大人だいじんの恩師

桜とも梅ともまがふ山白く辛夷の山山今さかりなり

山峡に武蔵の里はにぎはひぬバスの走りてヘリコプター舞ふ

寺庭に皐月の花は揃ひけり雨にも逢わず日に日を継ぎて

パソコンもインターネットも縁のなく独り籠りて歌を詠みをり

寺庭の巨木は俄にさわだちぬ鴉の群れの大集合ぞ

荒れ馬の噛む蹴る抱くの性により今に残りぬ大き傷痕

たをやかに枝垂るる白萩咲きにけり小さき蝶の飛びかふに似て

道の辺に高く積まれし自動車の動くはならず始末もならず

作東の高野の山の寺庭に黄金色こく女郎花咲く

ただなりに町村合併の時は来ぬおらが町よりみんなの町を

戦友の残飯を食ひ馬糧にも手を延ばしたる兵にてありき

寺山に山つつじの花ひろがりぬ辛夷に桜山茱みも混じりて

孫蒔きし枇杷の実数多なりたれば袋かけやる妻と二人で

さまざまに見る夢ありてそのひとつ万里の長城に馬引きあげしを

どぶろくの上澄みをこそ歌へよとされど苦労はどぶろく作り

電線に六羽の燕整列す間隔正しく向きをたがへず

八十過ぎの翁となりてみる夢は馬を駆る夢軍隊の夢

いつしかに黄ばみをれども父母の写真今もわれらを守り給ふか

 安室 舜海 作品集